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金融機関から見た水俣病(その3) - Hidetoshi Iwasaki's Blog
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金融機関から見た水俣病(その3) - Hidetoshi Iwasaki's Blog
水俣病公式発見の日とされるのが、1956年5月1日。もう少しで、ちょうど50年になります。 という... 水俣病公式発見の日とされるのが、1956年5月1日。もう少しで、ちょうど50年になります。 ということで、朝日新聞などのマスコミが特集記事を組むようになりました。 私が、この問題について、時折ブログを書いているのは、(ちょうど50年になるというマスコミ的発想とは関係なく)水俣病問題がいまなお極めて今日的な問題を我々の前に提示していると考えるからです。 たとえば資本主義、市場主義を考える上で、国や県はどこまで市場に立ち入っていくべきかという問題があります。 チッソは、1400億円を超える債務超過にあっても、閣議決定のもと、国、県、民間金融機関が支援をしていて、ある意味で絶対につぶれない会社になってしまっています。 その結果、本来、市場が持つ discipline (鍛錬、規律)が働かない会社になってしまっています。 Market Discipline (市場が持つ鍛錬、規律)とはどういうこと