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第152回芥川賞候補作(抄録) 小谷野敦「ヌエのいた家」(文學界9月号)|特集|小谷野 敦|本の話WEB
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第152回芥川賞候補作(抄録) 小谷野敦「ヌエのいた家」(文學界9月号)|特集|小谷野 敦|本の話WEB
ヌエは、私の父である。いや、あったと言うべきか。 母は、六十七歳でがんが発見されて、一年で死んだ。... ヌエは、私の父である。いや、あったと言うべきか。 母は、六十七歳でがんが発見されて、一年で死んだ。発見された時は、もう手術はできず、築地のがんセンターへ通って抗がん剤治療を受けていたが、効かなかった。実家の隣りの町の病院に二ヶ月ほど入院したあと、私の東京のマンションのそばのホスピスに移した。十二月一日に死んだが、それから五年たった十二月六日に、ヌエが死んだ。 ヌエは、母ががんセンターで治療をするのに、一度もついて行かず、家では母に「死んじまえ」などと暴言を吐くといったことがあって、私も弟も見限り、母がホスピスに入って一月ほどして、見舞いに来たいと言い出したのだが母は拒否した。母と私と妻とで話していて、あれは何ともおかしな人だ、ヌエのようだ、ということで、母も「ヌエ」と言うようになり、母が死んだ後、私と妻の間では「ヌエ」で通っていたのである。 * 子供の頃、初めて家を離れて泊まった小学校五年