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反応するところも感動もこんなに違っちゃう - kai8787の日記
いつ読んでも限りなく切なくなる物語がある。J.D.サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』もその一つ... いつ読んでも限りなく切なくなる物語がある。J.D.サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』もその一つだ。16歳のホールデン・コールフィールドと妹フィービーの会話のところで、いつもじーんとなってしまう。ホールデンが将来なりたいものについて語るシーン。 だけど村上春樹訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』では、何故かじーんが来なかった。何が違うんだろう。単に翻訳の違いなんだろうか。 なんというか、野崎孝訳のホールデンのイノセントさが村上訳にはあまり感じられず、どちらかというと少しわがままな良家のお坊っちゃん的要素が加わってしまって、野崎訳で感じた反抗心とか繊細な反発みたいなニュアンスとリズム感が欠落しているようなのである。 自分の内面が変化したのかもしれないが、こうもきれいさっぱり感動がないとポカンとしてしまう。ちょっとこれは、あまりにとっかかりがなくて、自分を見つめ直すまでいかないかなぁ。感性が年老
2017/03/17 リンク