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研究者はなぜ御用学者になるのか? - 代替案のための弁証法的空間 Dialectical Space for Alternatives
批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探り... 批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。 先日エントリーした徳島で行われた全国川のシンポジウムの報告の続きです。そこで話し合われた論点には、いくつも興味深いものがありました。その中で、「何故日本の研究者はこんなに御用学者ばかりなのか」という非常に興味深い論点がありました。 シンポジウム初日のパネルディスカッションで、パネラーの一人の野田知佑さん(吉野川川の学校校長)が、吉野川可動堰問題の際、建設省が連れてきた御用学者たちの数々の「ウソ八百」発言を怒りをこめて指摘していました(たとえば「可動堰を建設すれば吉野川の水質は改善される」など)。それを受けて、この問題が話し合われたのです。 今本博健先生(京大名誉教授・淀川水系流域委員会前委員長)は、過去の自分への自戒もこめて次のように述べておりました。(私の記憶で発言を再現していますので
2009/04/27 リンク