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寺山修司と九條映子 - かわうそ亭
図書館で「俳壇」5月号(本阿弥書店)にぱらぱらと目を通す。 今月の特集は「寺山修司‐われに五月を」... 図書館で「俳壇」5月号(本阿弥書店)にぱらぱらと目を通す。 今月の特集は「寺山修司‐われに五月を」である。特集に寄稿しているのは長部日出男、佐藤忠男、佐佐木幸綱、斎藤愼爾、三枝昴之、高柳克彦、大井恒行ほか十五人ばかり。 寺山が肝硬変で亡くなったのは47歳のとき。1983年の5月4日だった。 もっともこちらの特集のほうは斜め読み。どれもたいしたことない。 じつはこの雑誌を手に取ったのは表紙にあった「九條今日子」という名前が目にとまったからで、このインタビュー記事がお目当てであった。こっちはなかなか面白い内容だった。 「聞き書き‐詩歌の潮流/第5回・百年たったら帰っておいで」(聞き手:田中利夫) たまたま数日前に、この方のお名前(ただし九條「映子」として)を別のところで篠田正浩さんが語っておられるのを目にしていたのである。彼女を寺山に頼まれて引き合わせたのは自分なんだ、という内容の話であった。