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日々のつれづれ |数学における抽象化とは何か (8)具象と抽象の分れ
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日々のつれづれ |数学における抽象化とは何か (8)具象と抽象の分れ
アーベルによる一番はじめの「不可能の証明」は、ひんぱんに話題にはなるものの証明の中味に立ち入って... アーベルによる一番はじめの「不可能の証明」は、ひんぱんに話題にはなるものの証明の中味に立ち入って紹介されることはめったにありません。どうしてそんなふうになってしまうのかというと、アーベル自身の証明は代数方程式論の内部でのみ有効な方法によるもので、ガロアの証明のように抽象への道を開くことがなかったためであろうと思います。 アーベルは数学という学問に心を寄せ始めた当初から代数方程式論に深い関心を抱いたようで、一番はじめに書いた論文は「不可能の証明」ならぬ「可能の証明」でした。これはこの場限りの造語です。変な言葉ですが、アーベルは5次方程式の根の公式を発見したと思ったのです。すなわち、5次方程式は代数的に解けると思ったのです。それは間違っていたのですが、その後、アーベルは考えの向きを逆転し、根の公式は存在しないという視点に足場を移して「不可能の証明」に成功したのでした。 それで問題になるのはアー