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『映画という《物体X》 フィルム・アーカイブの眼で見た映画』(立東舎) - 著者:岡田 秀則 - 柳下 毅一郎による書評 | 好きな書評家、読ませる書評。ALL REVIEWS
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『映画という《物体X》 フィルム・アーカイブの眼で見た映画』(立東舎) - 著者:岡田 秀則 - 柳下 毅一郎による書評 | 好きな書評家、読ませる書評。ALL REVIEWS
著者:岡田 秀則出版社:立東舎装丁:単行本(ソフトカバー)(256ページ)発売日:2016-09-23 ISBN-10... 著者:岡田 秀則出版社:立東舎装丁:単行本(ソフトカバー)(256ページ)発売日:2016-09-23 ISBN-10:4845628635 ISBN-13:978-4845628636 国立近代美術館フィルムセンター主任研究員が探る、物質としての映画「映画とはなんなのか」という問いに対する、もっともラジカルな答えがここにある映画とは何か? それは映画にまつわるもっとも根源的な問いかけであり、多くの人がその問いに答えようとしてきた。ぼくなら1回の上映こそが映画なのだと答えるだろう。スクリーンに投影される映像と、それを観る観客とのあいだに生まれる空間、その相互関係によって生じる力場こそが映画的空間なのだ、と。そのとき、スクリーンと客席以外のすべてが捨象される。上映されている瞬間だけ、映画は存在する。だが、もちろん、これはもっとも極端な立場であって、これと真逆な立ち位置もやはり存在しうるだろう