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みんな、救われてほしい
人がある要素を嫌いになるとき、大抵は周りが言っていたらから、位、いわゆる偏見で、この場合は対話を... 人がある要素を嫌いになるとき、大抵は周りが言っていたらから、位、いわゆる偏見で、この場合は対話をすれば実際はそうではないと納得できる場合も多い。 でも、その先、その要素を持つ一部の人に傷つけられた経験、つまり、トラウマになってしまうと、その要素持ちの人間は敵だと心が反応してしまって、とても難しい。理性の話じゃないからだ。 でも、そんな傷つけられるような経験は、なかなか起きないはずだった。私達は人々と良くも悪くも話さなかった/話し合えなかったし、きっとそれはいい事だった。「見知らぬ人」には親切にして、「嫌いな同僚」とはお互い距離を保っていた。SNSが来るまでは。 インターネット、SNSという場は、大勢の人間が集まる場所だ。 大抵はみんな同じような集団で暮らしていて、それぞれの偏見を共有している。ここまでは現実と同じだけれど、SNSの世界では、声はどこまでも遠く早く届く。適切な距離がない。あな