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神田・神保町古本屋街のストラヴィンスキー(1959) - チュエボーなチューボーのクラシック中ブログ
また「音楽芸術」昭和34年7月号からドナルド・リチーによる記事です。 1959年に来日したストラヴィンス... また「音楽芸術」昭和34年7月号からドナルド・リチーによる記事です。 1959年に来日したストラヴィンスキーは、リチーと共に歌舞伎(勧進帳)を見物したり、東京のフランク・コーン夫妻(有名な人なんでしょうか?)の賓客として下落合のコーン邸を訪れたり、さまざまなレストランに招かれたりしたそうです。 その日は、リチーはストラヴィンスキー夫妻を神田・神保町の古本屋街と湯島聖堂に案内しました。 (↑ 苦学生が多く、「ビンボウ町」と言われた頃の神保町の古本屋街。「東京下町の昭和史」毎日新聞社より) 「ストラヴィンスキー夫妻は、書物と版画を探すために買い物に行きたがった。それでぼくは二人を神田に案内した。 神田で、ストラヴィンスキーは、たまたま自著「音楽の詩学」(Poétique musicale)の日本語訳を見つけた。『あっ―あっ』と彼は、本に近づこうとして跳び上がりながら、逆上したような面持ちで、ぼ
2020/12/01 リンク