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道徳と学力の未分離 - 高校公民Blog
全部履修しても未修得 ある生徒がほとんど全授業を履修しているのに「1」が数科目に付いたという報告を... 全部履修しても未修得 ある生徒がほとんど全授業を履修しているのに「1」が数科目に付いたという報告を成績会議で担任がしていた。この事実は私たちに重大な指摘をしている。それは、 「履修すれば修得するというものではない」 という指摘である。単純にこう問おうではないか。 「履修すれば即修得なのか?」 履修は必ずしも修得ではない この問いには比較的容易に答えうるだろう。この命題の意味をよく考えてみたい。「履修」と「修得」は等号では必ずしも結び得ないということだ。これは少し論理学が理解できる人間ならば、こういう結論にもなることを理解できるだろう。 「マイナス履修することは、必ずマイナス修得することにはならない。」 つまり、「履修しなかったことは必ずしも修得にはならない、とはいえない」ということだ。要するに、履修しなかったことも修得とは必ずしも等号では結び得ないということだ。 先に私は「履修すれば、即修
2009/07/29 リンク