第10回 映画 「チキンとプラム～あるバイオリン弾き、最後の夢～」

テヘランの上空から地上におりたつにしたがって、その街並みが立体的にうかびあがる光景は、まるで飛び出す絵本。なにか始まる！ 期待感の刹那、謎の語り手が、こちらの戸惑いなど知らんぷりで、物語を読みあげはじめるのだけれど、そのスピードは、たとえば主人公の男のはやる気持ちと同じ歩調であるかのように、いくらか足早あっというまに最後まで。でもどうして？ いったいなにが？ ふつふつ湧く好奇心が牽引力に、彼の物語から目が離せない、そしてキラキラ、夢のような瞬間瞬間が、現われて。 誰かが死んでしまう、というお話のはずなのに悲壮感とは遠く離れて、こころ踊るおとぎ話のページを夢中になってめくってしまうように、自由に時空を飛びかう全能の語り手を追いかけながら、彼や彼女たちの人生を断片的に覗きみる興奮を、よろこびに押しあげてくれるのは、人形劇やほんとうに登場する飛び出す絵本や影絵を彷彿とさせる映像の、童心をくすぐる

[maturi]

”冒頭の、街角での思いがけない出会いの場面、それが、これまでの人生をぐるっとひとまわりしてから思い返されたそのとき、それこそ全能の語り手がたぶんニヤニヤしながらもやさしく教えてくれた希望であったのかも