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(旅立つ)退職の翌朝―コロナの真実(上)|池永寛明|社会文化研究家
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(旅立つ)退職の翌朝―コロナの真実(上)|池永寛明|社会文化研究家
コロナ禍で消えたことがいっぱいある。物事には、やめてはいけないことと、変えなければいけないことが... コロナ禍で消えたことがいっぱいある。物事には、やめてはいけないことと、変えなければいけないことがある。それが変わった。コロナ禍を理由に、たとえば儀式をやめた。儀式には意味があった。その儀式をやめて、意味が消えた。こころが消えた。 40年勤めた会社を退職した。社内外の関係者に退職メールを送り、会社貸与のパソコン、携帯電話、IDカードを会社に返却した。コロナ禍中でもあり、長年おこなわれてきた退職の挨拶も、花束贈呈のような儀式もない。いつもにように、一人、事務所を出た。炎天下の御堂筋を歩く。私物の袋が重いが、いつもと違う。 どこからも追いかけられない。気にすることもない。軽くなった。意識はしていなかったが、重荷がそっと取り除かれたような解放感につつまれた。自宅に帰ると、会社から花束が届いていた。その花を見て、退職が完結したような気がした。今晩は、有事に備え、枕元に会社の携帯電話をもう置かなくてい