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カリグラフィーとの直接的な対話としてのネオ・ゴシック:Xtra Sans(2006) by Jarno Lukkarila - 記憶の彼方へ
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カリグラフィーとの直接的な対話としてのネオ・ゴシック:Xtra Sans(2006) by Jarno Lukkarila - 記憶の彼方へ
Xtra Sans(2006) 文字ってそもそも人間が生きてあることの最も深い感情が身体の多様な動きとなって顕わ... Xtra Sans(2006) 文字ってそもそも人間が生きてあることの最も深い感情が身体の多様な動きとなって顕われる、その軌跡の断片形のようなものではないだろうか。だから、実は文字は手書きが一番というのにも一理ある。翻って、画家が絵筆の先から繰り出す形を一種の暗号のような極度にプライベートな文字とみなすこともできるのではないか。 上がOptima、下はXtra Sans。 以前触れたOptima(オプティマ)がローマン体との「対話」を介してカリグラフィーの記憶を深く宿しているとすれば、 オプティマに惹かれた理由(2008-02-11) 現在北京(Beijing)に住むフィンランド人のデザイナー、ヤルノ・ルッカリラ(Jarno Lukkarila, 1978-)が設計したXtra Sans(2006) は、カリグラフィーとの直接的な対話の結果であると言えるだろう。Xtra Sansではモダン