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『茶の本』が教えてくれる、日本の本当の美意識(田中 仙堂)
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『茶の本』が教えてくれる、日本の本当の美意識(田中 仙堂)
ニューヨークで出版し広まった 東京国立博物館で「茶の湯」特別展が、37年ぶりに開催されている。この展... ニューヨークで出版し広まった 東京国立博物館で「茶の湯」特別展が、37年ぶりに開催されている。この展示では、室町時代からの名物や時代を象徴する茶道具が一堂に会し、私たち茶人には垂涎の展覧会である。 しかし私は、展示品を前に、茶を論じた岡倉天心の『茶の本』がこれらの茶道具についてほとんど取り上げていないことを思い起こさせられた。にもかかわらず『茶の本』は、現代人にとっての茶の古典として筆頭にあがってくるのではないだろうか? 天心が『茶の本』で、日本人の茶室で茶を喫する営為が芸術鑑賞に他ならないと宣言したことが、美術館で茶道具が展示されることにつながっている。私たちが、茶道を芸術の一種としてとらえていること自体が『茶の本』の見方に導かれた結果である。 近代に芸術としての茶の見方が広がった原因を研究し、『近代茶道の歴史社会学』(思文閣出版)にまとめていく過程で、私は、いつしか『茶の本』自体がまだ