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令和6(2024)年・春[7]―只見線を辿り、おいこっとに乗って - 蓼科高原日記
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令和6(2024)年・春[7]―只見線を辿り、おいこっとに乗って - 蓼科高原日記
旅の最終日は、どこへも立ち寄ることなく帰路を辿る。 しかし、その一部に只見線の全線乗車を組み入れ、... 旅の最終日は、どこへも立ち寄ることなく帰路を辿る。 しかし、その一部に只見線の全線乗車を組み入れ、これを大きな眼目とした。 会津若松駅に5時45分頃着いた時には既に同駅始発只見線の単行列車は入線しており、その顔をさっと撮影して乗り込むと乗客の姿もちらほらと見られた。 4人掛けボックスシートの進行方向窓側は一杯だったが、山形や岩手で印象付けられたのとはまた趣を異にする、しかしやはり綺麗な顔立ちの女の子の座る対面2人掛けシートの一つ前のボックスが空いていたので、そこへ腰を下ろした。 ところが、少しして何気なく斜め後ろを見ると上の女の子と通路を挟んだ4人掛けシートがなぜか空き、そこへ移ったところ、発車時刻が近づくにつれ次第に乗客が増え、スペイン語を話す大柄な3人連れに席を求められてこれに応じたため、さすがにこの道中は少々窮屈なものとなった。 会津若松を出て一駅か二駅を過ぎた時、線路脇でこちらの列