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吉川『三国志』の考察 第311話「松に古今の色無し(まつにここんのいろなし)」
生前の諸葛亮(しょかつりょう)が案じた通り、ほどなく魏延(ぎえん)が反乱を起こす。南鄭(なんてい... 生前の諸葛亮(しょかつりょう)が案じた通り、ほどなく魏延(ぎえん)が反乱を起こす。南鄭(なんてい)に入った楊儀(ようぎ)と姜維(きょうい)は、諸葛亮から託された計略に従い、あえて城外へ出たうえ、魏延にあることをしてみせるよう言う。 魏延が言われた通り叫んだところ、彼のすぐ後ろにいた馬岱(ばたい)にあっけなく討ち取られた。成都(せいと)で諸葛亮の葬儀が執り行われた後、その遺言により、遺骸(いがい)は漢中(かんちゅう)の定軍山(ていぐんざん)に葬られた。 第311話の展開とポイント (01)引き揚げ途中の蜀軍(しょくぐん) 旌旗(せいき)色なく、人馬声なく、蜀山の羊腸たる道を哀々と行くものは、五丈原頭(ごじょうげんとう)の恨みを霊車(霊柩車〈れいきゅうしゃ〉)に駕(が)して、むなしく成都へ帰る蜀軍の列だった。 ★原文「施旗色なく」だが、ここは「旌旗色なく」としておく。なお、講談社版(新装版)や
2020/05/18 リンク