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山田雄司『怨霊とは何か 菅原道真・平将門・崇徳院』
中公新書の一冊として、中央公論新社から2014年8月に刊行されました。本書は怨霊について、相手側から弾... 中公新書の一冊として、中央公論新社から2014年8月に刊行されました。本書は怨霊について、相手側から弾圧されたことなどにより追い込まれて非業の死を遂げ、その後に充分な供養がなされなかった霊魂が、死後に自己の宿願を叶えるために、自分を追い落とした人物に祟って出たり、社会全体に災害を発生させたりした、と把握しています。怨霊的な観念は文献で確認できる前から存在したのであり、国家と関わる形で怨霊が明確に登場するのは長屋王からだ、と本書は指摘します。 怨霊の鎮撫は、死後の世界体系を有する仏教の主導で行なわれました。奈良時代初めには、雑密の呪術的力によって調伏するやり方でしたが、善珠・最澄・空海を経て、怨霊を成仏させるという形式へと変わっていきます。ただ、これは国家主導の儀礼に関してで、民衆に関しては、武力を誇示するというやり方もあったようです。もっとも、武力の故事により怨霊に反撃を受ける、との観念も