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神話に生き、幻想に死ぬ
ラーフの神話は紀元前のインドで広まっていたので、初期漢訳仏典にもその一部が垣間見えることがある。... ラーフの神話は紀元前のインドで広まっていたので、初期漢訳仏典にもその一部が垣間見えることがある。ただ、そのほとんどは神話的蝕観念にとどまっているため、ほかの論文に譲る*1。 唐の時代にもなると、インドの占星術文献を一部にせよ全部にせよ翻訳したものがかなり混じってくる(ジェフリー・コテックによる論文がまとまっている*2)。そのなかには、もちろんラーフやケートゥについて書かれたものもあった。 惑星として取り扱われているなかでも相当に古いのは『摩登伽経』(230年訳)である。これはインドの原始的な天文科学書『シャールドゥーラカルナ・アヴァダーナ』(Śārdūlakarṇa-avadāna)が翻訳されたものである*3。この文献に、七惑星に続いて「羅睺」「彗星」(=計都)が並び、合わせて九つある、と書かれている*4。 しかしナヴァグラハが成立するには、3世紀後半は早すぎる。現に、現存するサンスクリッ
2008/06/08 リンク