エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
記事へのコメント1件
- 注目コメント
- 新着コメント
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
「ソ連崩壊30年」(1) 下斗米伸夫・法政大学名誉教授 | 日本記者クラブ JapanNationalPressClub (JNPC)
下斗米伸夫名誉教授が、ソ連崩壊のプロセスとその後を振り返り、ロシアと周辺諸国の現状を分析した。 司... 下斗米伸夫名誉教授が、ソ連崩壊のプロセスとその後を振り返り、ロシアと周辺諸国の現状を分析した。 司会 杉田弘毅 日本記者クラブ企画委員(共同通信) フルシチョフやブレジネフのいたソ連から、現在のプーチン政権のロシアまで、膨大な知識を駆使して流れを振り返った。かつて紙面をにぎわせた人物や事件が次々登場し、帝政ロシアまでさかのぼった解説があり「ソ連好き」にとっては至福の時間の記者会見となった。 1991年12月8日、当時のロシア、ウクライナ、ベラルーシの3首脳がポーランド国境に近いベラルーシ西部「ベロベーシの森」に集まって「ソ連の消滅」を決めた。なぜ、この場所だったのか。3人そろってポーランドへ「もしゴルバチョフが本当に逮捕に来たら逃げられるように」と言われていたと紹介され、会見場は笑顔に包まれた。 同じベラルーシ西部の森では今、「欧州へ移住できる」とだまされた大勢のクルド人らが集まっている。
2022/05/06 リンク