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【世界史】メソポタミア文明その2 民族間の興亡 - 生きるって厳しい
このお話は「メソポタミア文明その1 都市国家から領域国家へ」の続編です。 www.kappanohikojirou.xyz ... このお話は「メソポタミア文明その1 都市国家から領域国家へ」の続編です。 www.kappanohikojirou.xyz アッカド人の建てた領域国家が滅んで以降、いくつもの民族が豊かなメソポタミアの覇権を争った。 前2100年頃、シュメール人が再び力を盛り返し、ウル第三王朝がメソポタミアを統一した。この時の王がウル=ナンムという人物。 現存する最古の法典を作成させた王として有名である。 しかしウル=ナンムが死ぬとまもなく王国は解体し、また混乱の時代に戻ってしまった。 次に覇権を握った民族がアムル人。もともとはシリアあたりで遊牧民として活動していた民族である。 前1900年頃、メソポタミアの都市国家バビロンを征服してバビロン第一王朝(古バビロニア王国)を建国した。 この王国の最盛期は第6代王ハンムラビの時代である。前1700年頃、ついにメソポタミアの統一を達成した。 ハンムラビといえば、有
2017/05/04 リンク