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約束違反に激怒したのは家康の方だった | 歴史人
3月26日(日)放送の『どうする家康』第12回「氏真」では、懸川城に立てこもる今川氏真(いまがわうじざ... 3月26日(日)放送の『どうする家康』第12回「氏真」では、懸川城に立てこもる今川氏真(いまがわうじざね/溝端淳平)と対決する徳川家康(とくがわいえやす/松本潤)の様子が描かれた。追い詰められた氏真を待っていたのは、意外な結末だった。 戦国武将としての最後を迎えた今川氏真 静岡県掛川市の掛川城天守。今川氏の遠江進出の橋頭堡(きょうとうほ)として、朝比奈泰煕が築城したと伝わる。今川氏真が退去した後は、徳川家康の重臣である石川家成が城代として入城した。 武田信玄(たけだしんげん/阿部寛)の呼びかけに応じる形で、武田・徳川両軍による駿河(するが)・遠江(とおとうみ)侵攻が始まった。信玄の猛攻を前に、今川家の家臣たちは次々に武田軍に寝返り、今川氏真の進退は極まった。 一方、引間城を拠点に遠江制圧を進めていた徳川家康のもとに、今川館から姿をくらました氏真が懸川(かけがわ)城に潜んでいるとの情報が入る