エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
【1089ブログ】チベットを旅した河口慧海(かわぐちえかい)の宝箱
記事へのコメント0件
- 注目コメント
- 新着コメント
このエントリーにコメントしてみましょう。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
【1089ブログ】チベットを旅した河口慧海(かわぐちえかい)の宝箱
河口慧海請来風俗資料 19~20世紀 宮田恵美氏・上原スミ氏・水谷マサ氏寄贈 アクセサリーや、お金、数... 河口慧海請来風俗資料 19~20世紀 宮田恵美氏・上原スミ氏・水谷マサ氏寄贈 アクセサリーや、お金、数珠など、3つの箱にいろいろなものが丁寧に収められていて、まるで宝箱のようです。 それぞれに名前を書いた小札も貼られていて、この箱を整理した人は、とても几帳面だったのかなと想像されます。 その人の名は、日本人として初めてチベットの都ラサに到達した河口慧海(かわぐちえかい、1866~1945)。 幕末に大阪・堺の職人の家に生まれながら、志して僧侶となった慧海は、東アジアというフィルターを通した従来の仏教に飽き足らず、仏陀が生きた時代に近い仏教を求めて、すでに仏教が衰退していたインドではなくチベットを目指します。 ところが、当時はイギリスとロシアがユーラシア大陸で覇権を争う激動の時代であり、外国勢力を警戒したチベットは鎖国状態にあったため、世界中から探検隊が派遣される秘境として知られていました。