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Tohru’s diary
教育委員会の中立性と公共図書館 朝日新聞 「「橋下知事は教育介入を」 府内市長から共感、賛同」(200... 教育委員会の中立性と公共図書館 朝日新聞 「「橋下知事は教育介入を」 府内市長から共感、賛同」(2008.9.17) 「地方分権すればするほど、教育委員会の中立性は薄まるべきだと考えている」…地方分権と教育委員会の中立性は制度上無関係なはずだが、なるほど教育委員会制度そのもののあり方まで地方に委任すれば、このような首長の下では間違いなく教育は「中立」ではなくなろう。 今更、戦時の反省から教育委員会の中立性を論じても実論にはならないだろうが、現状の教育委員会制度による教育の中立性は、民主的社会における教育には中立を軸とした「多様性の創造と許容」が不可欠だからその存在意義がある、と私は解釈している。つまり、教育=将来の社会が二元論に基づき1つの方向にしか向かない状態、これが最も危険だからこそ、その中立性が担保されているのだと思う。 選挙による多数決で1人が選ばれる首長の手に教育を渡すと