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【東日本大震災2年】婚約者から2年越しの“ラブレター” 両親が骨壺に保管へ+(1/2ページ) - MSN産経ニュース
「ヒロくんへ あれからもう2年…。早く帰ってきてください。皆、あなたの帰りをずっと待っています」 ... 「ヒロくんへ あれからもう2年…。早く帰ってきてください。皆、あなたの帰りをずっと待っています」 東日本大震災の津波で町職員ら42人が犠牲になった宮城県南三陸町。防災対策庁舎の祭壇の花束にくくり付けられた手紙の表紙にこう書かれていた。 震災から2年を迎えた11日、現地を訪れた気仙沼市に住むパートの村上和子さん(61)は手紙を確認して安堵(あんど)の表情を浮かべた。その手紙は津波で流されて現在も行方不明の長男、宏規さん=震災当時(33)=の婚約相手の女性が書いたものだった。 夫の勝正さん(63)によると、宏規さんは県職員で南三陸町の県教育事務所で働いていたが、震災担当だったため、震災発生後に防災庁舎に詰めていたという。宏規さんは婚約しており、その年の9月に式を挙げる予定だった。 「まさか息子が防災担当とは知らなかった。津波に巻き込まれたとは夢にも思わなかった」と勝正さん。宏規さんは震災当日は
2013/03/11 リンク