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戦艦大和主砲。またその威力を過大評価し建艦した
聯合艦隊は、大艦巨砲主義の艦隊決戦を念頭において編成、整備された。 「百発百中の砲1門は、百発一中... 聯合艦隊は、大艦巨砲主義の艦隊決戦を念頭において編成、整備された。 「百発百中の砲1門は、百発一中の砲百門に優る」という東郷平八郎元帥のお言葉は、 海軍大学でも確率論上で誤りであることは常識だった。 発射速度が同じであれば、第一回目の射撃で、百発百中の砲は、 敵1門を破壊し、百発一中の砲も敵 1門を破壊する。 後に残る砲は、ゼロ対99門で、百発一中の砲の側が勝つ。同じことが陸軍でもあった。 1935年(昭和10年代)に欧米の武官より連発銃装備の話が入る。 早速開発検討会が開催された。 「百発1中の連発銃より1発必中の単発銃」との結論になり未開発と決定。 ところが実際戦争に入ったら(1941年以降)米兵の連発銃に射すくめられどうにもならなくなってくる。 急遽開発検討が開始されたら思わぬ障害が壁となった。 精密工作機械を欧米に頼っていたので連発銃を多量に製造することが出来なかった。 兵全員が連
2014/08/24 リンク