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ムィシキンの観察力とシナリオ『肖像』――小林秀雄と黒澤明のムィシキン観をめぐって | 高橋誠一郎 公式ホームページ
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ムィシキンの観察力とシナリオ『肖像』――小林秀雄と黒澤明のムィシキン観をめぐって | 高橋誠一郎 公式ホームページ
1,「シベリヤから還つた」ムィシキン 「『罪と罰』についてⅠ」(1934)の冒頭で、「重要な事は、... 1,「シベリヤから還つた」ムィシキン 「『罪と罰』についてⅠ」(1934)の冒頭で、「重要な事は、告白体といふ困難な道からこの広大な作品を書かうと努めたほど、ラスコオリニコフといふ人物が作者に親しい人物であつたといふ事である」と記していた文芸評論家の小林秀雄は、「ムイシュキンはスイスから還つたのではない、シベリヤから還つたのである」という解釈を示した(『小林秀雄全集』第6巻、新潮社、1967年、62~63頁。全集第6巻からの引用に際しては旧漢字を新漢字になおすとともに、本文中の〔〕内に頁数をアラビア数字で示す)。 「『白痴』についてⅠ」(1934)においても、「本当に美しい人間」を描こうとしたドストエフスキーの「明瞭な企図」と「その実現された処」の違いの激しさを指摘した小林は、「ムイシュキンはスイスから帰つたのではない、シベリヤから還つたのだ」と繰り返し強調している。 そして、「『罪と罰』