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ブックマーク / morihiro.hatenablog.com (4)

  • パンクとスタイル - 蒼猴軒日録β

    昨日のつづき。 パンクがスタイルではないとすれば、スタイルのあるものとは何か。モッド/スキンヘッド文化を、その代表として考えて良いのではないかと思う(勿論、テディー・ボーイでも、ロッカーでも良いのだが)。その服飾における細かいルール、クラークスのデザート・ブーツであれ、フレッド・ペリーのポロ・シャツであれ、スタ=プレストであれ(ここまではモッズ)、DMのチェリーレッド・ブーツ10ホール白紐通しであれ、細いサスペンダー(ブレイシズ)をベルト・ループの内側にクリップすること(スキンヘッズ)であれ、それらは、レディ=メイドを流用したモノであり、消費財としてのそれらは、来のコンテクスト(軍用、スポーツ用品、アイヴィー・ルック、足の不自由な人のための、ズボンをつりさげるためのもの)から引き剥がされ、モッドないしはスキンヘッドというスタイルの構成要素という「意味」を付与される。そして、それらの流

    パンクとスタイル - 蒼猴軒日録β
    flak
    flak 2005/12/20
  • 2005-12-14

    「パンクとは、姿勢のことであり、音楽のスタイルのことではない〔Punk is an attitude, not a style of music.*1〕」というジョー・ストラマー*2の有名な言葉は、これまでほぼ、精神論(「パンクは生き様*3の問題」とかね)で語られてきたけど、これを読みかえることはできないかと考えている。すなわち、「パンク」とは、スタイル(様式)の問題ではなく、「もののやり方」--ブリコラージュ的戦術でも、「野生の思考」でも、日常的実践でも、日々の智恵でもいい--の問題ではないのか。こう言い換えてみようか。「パンクとは、手近なもので、なんとかやっていくための工夫のことであって、その結果、何ができるかの問題ではない」。 *1:これが何時、どのメディアで言われたのか、探しとかないと *2:もう一年経ったね *3:小林信彦が「死に様」という言葉はあっても、「生き様」ということなど

    2005-12-14
  • 非=ブラック、あるいはフィッシュボーンの困惑 - 蒼猴軒日録β

    四角形からちょっと離れて。以前ちらりと書いた(id:morohiro_s:20041123#p1)ことを膨らます。 ディープなファンク、ハイ=エナジーなパンク、狂乱的なスカをそれぞれ同量組み合わせたフィッシュボーンは、ロサンゼルスを活動の起点としたバンドで、80年代後期においてもっとも優れ、折衷的なオルタナティヴ・ロック:バンドの一つであった。活動亢進的〔hyperactive〕で、意識的な多様性、いかれたユーモア感覚、社会に対する鋭い意見を具えたこのバンドは、80年代後期に相当の人気〔cult〕を集めたが、メインストリームのオーディエンスを獲得するには、遂にいたらなかった(スティーヴン・トーマス・アールワイン、Fishbone | Biography, Albums, Streaming Links | AllMusicより)。 以上は、フィッシュボーンの紹介文の冒頭である(AllMus

    非=ブラック、あるいはフィッシュボーンの困惑 - 蒼猴軒日録β
    flak
    flak 2005/12/06
  • 2005-11-02

    目つき悪い。New Boots & Panties。 iTMSでビーニー・マンの"Dude”のPV(‎ビーニ・マン, ミス・シング & ショーナ "Dude" をApple Musicで)があったので見ていて、ビーニー・マンの髪型がドレッドロックスであることに気付き思ったよしなしこと。以下、大雑把に。 ドレッドロックスとは、周知の通り、ジャマイカのラスタファリズムという宗教の信者に特有の髪型である。ラスタファリズムとは、キリスト教がジャマイカに伝わって、それがアフリカ回帰運動と結びつくことにおいて出来た宗教である。その教義は、簡単に言うとキリストは黒人であり、それはアフリカに何時の日か再臨するというもの。そのころ丁度エティオピアにハイレ=セラシェという皇帝(幼名はラス・タファリ)が即位した。で、彼こそキリストの再臨だという訳。まあよくある、コロニアルな状況が生みだしたハイブリッドな宗教(隠

    2005-11-02
    flak
    flak 2005/11/07
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