私事ですが、1988年からIBMでアジア太平洋地域 (AP) のミドルウェア・ソフトウェア製品のプロダクト・マネージャを担当していました。その当時、IBMのAP本社は東京にあり、神谷町のテレビ東京の前のビルでした。ただし、我々のチームは築地にある日本アイ・ビー・エムの事業所の一角を使っていましたが。 IBM-APのリエゾンとして、主要開発研究所に我々の出先担当者がおり、サンノゼ地域にも数名のIBM-APのミドルウェア・ソフトウェア製品のプロダクト・マネージャがいました。それらのマネージャを統括していたのが、ジム・ストリックランド (Jim Strickland) でした。 ジムはたいへん温和な人柄で、知的で怒ったところをみたことがありません。私より20歳弱年上で、元IBM-USのセールス・マネージャだったので、いろいろな事を教わりました。英語が普通に話せるようになったのも、ジムのおかげです