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2018年10月23日のブックマーク (7件)

  • シリーズ:これからの美術館を考える(6) ブロックバスター展は善か、悪か

    シリーズ:これからの美術館を考える(6) ブロックバスター展は善か、悪か5月下旬に政府案として報道された「リーディング・ミュージアム(先進美術館)」構想を発端に、いま、美術館のあり方をめぐる議論が活発化している。そこで美術手帖では、「これからの日の美術館はどうあるべきか?」をテーマに、様々な視点から美術館の可能性を探る。第6回は、約5年間国立新美術館で共催展に携わり、現在は金沢21世紀美術館で学芸員を務める横山由季子による寄稿をお届けする。 文=横山由季子 2017年に65万7350人の来場者を記録した「ミュシャ展」に並ぶ人々 ブロックバスター展とは何か? シリーズでは美術館の現状をとりまく様々な問題が俎上にのせられてきたが、私は前回の論考で住友文彦氏が投げかけた「メディアイベントとしての演出が、専門性に対してどのように影響を与えているか」という問いに答えることを試みたい。ちなみにメデ

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  • トップページ |「戦争責任」いわれ辛い 昭和天皇 素顔の27冊

    側近記した昭和天皇の肉声 27年分、1年掛けて分析 小林忍侍従日記 昭和が幕を閉じてから約30年。昭和天皇の身の回りの世話をする侍従を長年務めた故小林忍氏の日記が見つかった。昭和天皇が、晩年まで戦争責任を巡り苦悩する姿や、動植物の研究者としての探究心や家族への温かなまなざしが克明に記されている。1974年から2000年までの27冊に、側近が見た昭和天皇の日常が凝縮している。貴重な昭和後半史として、一連の記事を新聞紙面だけでなく、ウェブ上でも共有したい。(共同通信・小林忍侍従日記取材班) 日記には、昭和天皇の生の言葉が緻密な文字で書き留められている。 「仕事を楽にして細く長く生きても仕方がない。辛いことをみたりきいたりすることが多くなるばかり。(中略)戦争責任のことをいわれるなど」。昭和天皇が1987年4月、小林氏に漏らした言葉だ。死去する約2年前のことだった。 日中戦争や太平洋戦争を経験し

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  • 【オーバーウォッチ・コラム】俺はNoobを愛している、それはかつての俺の姿だからだ(もしかしたら今も?)。|似非原重雄|note

    【オーバーウォッチ・コラム】俺はNoobを愛している、それはかつての俺の姿だからだ(もしかしたら今も?)。 俺がオーバーウォッチを始めたきっかけは、殆ど某氏によるものである。某氏の具体名については、ここでは必要が無いので記述しない。彼はオーバーウォッチの動画配信をやっており、事あるごとに味方に発狂したり、絶望したり、もう二度とやらないと言いながら、そのゲームを断続的に続けているようだ。 最初のきっかけは、「彼がそれほど下手なんだから、俺はもっとうまくできるだろう」という不純な動機だったが、気が付いたらスコアランク500(わからない人に言うと、プレイヤーの中でも最底辺)をたたき出した。 そこからシルバー帯と呼ばれるランク(スコアランク1500)へ行く特訓が始まった。俺は、今までのゲームの体験上、対人が向いていないと実感していたので、ヒーラーと呼ばれる、味方を回復し支援する係をやっていたが、そ

    【オーバーウォッチ・コラム】俺はNoobを愛している、それはかつての俺の姿だからだ(もしかしたら今も?)。|似非原重雄|note
    fumirui
    fumirui 2018/10/23
  • うぐいすリボン: コラム:海賊版サイトブロッキングが去って、静止画ダウンロード違法化がやって来る?

    マンガ等海賊版サイトのブロッキング法制化の議論は、首相官邸に置かれる知的財産戦略部「インターネット上の海賊版に関する検討会議」で委員の半数が反対して、報告書をまとめられない事態になった。この検討会は2018年3月19日に菅義偉官房長官が記者会見でブロッキング実施の意思があることをにおわせた後に作られたものであり、官邸を忖度する官僚にとってブロッキングは既定路線であったはずだ。住田孝之事務局長が最後の検討会で「最初から最後まで異例ずくめの会議でした」と振り返ったのは、反対意見を一応聞いたうえでシャンシャンにする会議のはずだったのにということだろう。 報告書に両論を併記してしまうと、政府はそれを根拠にブロッキングの法制化をしてしまいかねない。現政権の政治手法はそういう疑いを抱かせるに十分だ。わたしは、ブロッキングに反対した委員たちに賛同するし、両論併記の報告書を作ることも阻止した強硬姿勢を支

    うぐいすリボン: コラム:海賊版サイトブロッキングが去って、静止画ダウンロード違法化がやって来る?
  • コンテンツ・モデレーション:SNSのダークサイドを見つめる仕事

  • 餃子の王将だけど本格タイ料理が食べられる店 :: デイリーポータルZ

    趣味材採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえてべるようにしている。最近は製麺機を使った麺作りが趣味。(動画インタビュー) 前の記事:大真面目にカレーラーメンを考える会 > 個人サイト 私的標 趣味の製麺 王将でタイ料理べるために愛知までやってきた 友人の話だと、タイ料理べられるのは一宮市にある苅安賀店。じゃあお店が空いてそうな1時半くらいに付き合ってよと約束したのだが、予定していた火曜日が定休日だということが前日にわかり、急遽稲沢店という近隣の店へ。 苅安賀店と稲沢店、数ある王将の中で、なぜかこの2店舗だけがタイ料理を出していているらしいのだ。 やってきました稲沢店。看板は普通ですね。 緑の屋根に赤い自販機。タイというよりはバングラデシュの国旗っぽい配色だ。 あれ、当にここでいいのだろうか。外観からはタイらしさを微塵も感じさせてくれない。よくある

    餃子の王将だけど本格タイ料理が食べられる店 :: デイリーポータルZ
  • 米軍から見た帝国陸軍末期の姿〜本当に天皇や靖国のために戦っていたのか?(一ノ瀬 俊也)

    「規律は良好」「準備された防御体制下では死ぬまで戦う」「射撃下手」「予想外の事態が起きるとパニックに」……あの戦争の最中、米軍は日兵について詳細な報告書を残していた。”敵”という他者の視点から、日人には見えない問題をえぐった話題の書、一ノ瀬俊也『日軍と日兵 米軍報告書は語る』より「第二章 日兵の精神」を特別公開します(全3回)。 日兵の戦争観 対米戦争についてどう考えたか この章では、米軍のみた日陸軍兵士(捕虜となった者も含む)の精神や意識のかたちについて、士気や死生観、そして性の問題にも注目しつつ考えていきたい。兵士たちはこの対米戦争の行く末をどう考えていたのだろうか。 先にとりあげた元捕虜の米軍軍曹(*)は、IB(**)1945年1月号「日のG.I.」で日兵たちの言動を次のように回想している。 *この軍曹は日軍の捕虜になり、戦争中に解放された。1年以上共に暮らした日

    米軍から見た帝国陸軍末期の姿〜本当に天皇や靖国のために戦っていたのか?(一ノ瀬 俊也)