洋楽をベースにして、モバイル、サブカルチャー、たまにお仕事(さむらい業)ネタも。直球は投げません。魔球多用。 光文社古典新訳文庫からジョルジュ・バタイユの「マダム・エドワルダ/目玉の話」(中条省平訳)が出てるってことで早速購入、旧訳の生田耕作訳と比較してみようっていう企画でしたが… (左)マダム・エドワルダ 角川文庫 (右)マダム・エドワルダ/目玉の話 光文社古典新訳文庫 考えてみたら、きっとどっかの誰かが(したり顔で)やってるに違いないし、それに第一、新訳者自らあとがきで改訳の意図(=弁明)をばらしちゃってるんで全然意味ないじゃ~んってことでボツとなってしまいました 生田訳「漢語を多用する哲学的な語彙と文語調の勢いのよさ」に対して、新訳は「散文性、論理性、よく考えれば分かる論理の愚直なまでの道すじ」だそうです また、生田訳が「日常的散文の部分と哲学的表現の乖離の度合いが高い」のに対して、
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