何かイライラしてくる。 自分にも優しいんだか知らないけど、決定打が来ない。 例えば何かに誘うときに、そこはもう男らしく「是非来て欲しい!」ぐらい言って欲しいのに。 「嫌だったら来なくても良いよ、そっちが好きなように」とか、もしかしてあんまり別に来て欲しくないの?とか勘違いするよ。 それ優しいんだか酷いんだか、わかんない。
![優しいけど押しが弱い男は。](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/b1638cdb5807a4788e4ba3c1109a984166e095fc/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fanond.hatelabo.jp%2Fimages%2Fog-image-1500.gif)
小関珠音(おぜきたまね) 経営コンサルタント。一橋大学大学院 修士(経営「金融戦略MBA」)及び修士(経営法・知的財産専攻)、東京大学大学院 先端学際工学博士課程在籍。 日本興業銀行・欧州系金融機関、外資系コンサルティング会社、M&Aアドバイザリーファームなどにて、プロジェクトファイナンス、経営(知的財産を含む)コンサルティング、M&A取引などに業務。主な著書に、「これからの『知的財産』徹底活用法」PHP研究所 2004、「エコノミストの仕事術」生活情報センター 2004 日本が盗まれている~韓国、台湾、中国などアジア地域の経済発展の裏舞台の実態だ。 諸国の独自の努力の果実として経済が発展したともいえるが、そこには、日本からの「技術移転」のみならず、「技術漏洩」が寄与してしまっている。しかも「技術漏洩」とは、誰かが「技術」を盗んだ、という単純なことではない。技術情報は、知らないうちに、
大学院のゼミでは国語教育について論じる。 国語力の低下が子どもたちの学力の基盤そのものを損なっていることについては、すでに何度か言及した。 何が原因なのかについては諸説があるが、「言語のとらえかた」そのものに致命的な誤りがあったのではないかというラディカルな吟味も必要だろうと私は思う。 「いいたいこと」がまずあって、それが「媒介」としての「言葉」に載せられる、という言語観が学校教育の場では共有されている。 だが、この基礎的知見そのものは果たして妥当なのか。 構造主義言語学以後(つまり100年前から)、理論的には言語とはそのようなものではないことが知られている。 先行するのは「言葉」であり、「いいたいこと」というのは「言葉」が発されたことの事後的効果として生じる幻想である。 とりあえずそれがアカデミックには「常識」なのだが、教育の現場ではまだぜんぜん「常識」とはされていない。 私が何かを書く
ちょっと前になるが、昨年日本で最も評価の高かった劇場用アニメ映画、「パプリカ」の今敏監督と、「時をかける少女」の細田守監督が、たまたま相次いでアメリカに来られた。いつも映画関係の記事素材を提供してくださるハリウッドの映画ライター、はせがわいずみさんが、お二方にインタビューしたものを、私が現在、慶応大学デジタル・メディア・コンテンツ機構の英語ニュースレター記事に仕立て直しているところだ。 はせがわさんのインタビューは、いつも面白い発言を引き出していて、記事を書きたい意欲がわく。今回も英語だけではもったいなくて、日本語でも書きたい良いネタがいろいろあるのだが、日本語記事ははせがわさんご自身がどこかに書いておられるだろうし、彼女は仕事でやっているので、このような個人のブログに書くわけには本当はいかない。でも、彼女の記事はだいたい映画専門誌なので、ギーク世界の皆様の目にはあまり触れないだろう、とい
こんなエントリーを読んで、私はちょっと事情は違うけれど、本当にそのとおりだなー、と思った。 談合社会の崩壊の中で「お母さん」たちが担っているもの - アンカテ 今日も今日とて、息子の学校での「対策会議」に行ってきた。ウチの子の学校は、アメリカの中では「レベルが低い」と言われるカリフォルニア州の、お金持ちでもない小さい学区のフツーの公立校。それでも、いつも対策会議のたびに、そのノウハウや仕組みにいちいち感心してしまう。 ウチの息子は読み書きの学習障害があるが(詳細は「視覚発達障害」カテゴリー参照)、ビジョン・セラピーやここまでの種々の対策のおかげで、読むほうはだいぶよくなってきた。今回は、これまでの進歩の様子を確認して、この先どういった対策が必要かを判断するためのテストをした結果の報告と、その後の方針を話し合うミーティングだった。 スピーチ・セラピーの先生は、一種の「IQテスト」のようなフォ
米国のヴァージニア工科大学で少し前に発生した留学生による大量銃殺事件について考えることから始めたいと思うが、私はたとえばネットで群れるしか能のない人々が大好きな弱者叩きにはまったく興味がないし、また「韓国人留学生」というきわめて政治的な単語について何か述べることこそ阿呆のすることであり、愚かで、何の価値もないことであると信じて疑わないブロガーであるわけだが、この事件についていろいろ調べていたときに、非常に驚いた映像が一本あった。それはこの工科大学で行われた追悼式の様子を写したビデオだ。 追悼式そのものは別に珍しいものではないし、つい最近日本でも立てこもり犯の銃撃に倒れた警察官の追悼式をメディアがこぞって報道していたことは記憶に新しい。さてこの米国の同大学で行われていた映像を見ていて、私が思わず呆然としてしまった箇所というのは、この大学の追悼式に出席していたジョージ・ブッシュ大統領が行ったス
朝日新聞 5日夕刊に小さくこんな記事が載っていた。 4日午前6時45分頃、島根県出雲市塩冶有原町の出雲警察署の仮眠室で、 同署地域課の女性巡査長(25)が口から血を流して死んでいるのを、当直 副責任者の男性警部補(58)が見つけた。近くに拳銃があり一発発射されて いた事から、同署は自殺を図ったと見て、動機を調べている。 中略 同署では昨年3月にも交番勤務の男性巡査(当時20)が拳銃で自殺 している。 単に読んでいくとありふれた記事のようにも見えるが、裏がある様に 思えてならない。 自殺したのが20歳と25歳、 疑問 その一、 本当に自殺か、自殺に見せかけた他殺ではないのか、他府県からの調査団の 調査が必要なのではないだろうか。 疑問 その二、 拳銃の取り扱い規定はどうなっている? 疑問 その三、 どちらも若い、若いと言う事はまだ汚れていない可能性が高い、純粋である 可能性が高い、しかも今度
何か事件が起きて、何故それが起きたのか、誰がそれを起こしたのかなどがよく見えないとき、結果として誰が得をしたのかを手がかりに経緯を考えてみるというのはしばしば為されることです。家の冷蔵庫からプリンが無くなった…ぐらいのことならいいのですが、それがかなり大きなことに適用されますと往々にしてただの邪推>思い込みという具合に「歪んだ現実」を形成することになって、一利はあっても害の多いことになりかねないような気がします。 ここらへんについては、ブログ化以前の内田樹氏の日記でかつて感心していた記事を思い出します。 たしかに状況が激変しているときに「すべてを説明できる単純な原理」を求めたく思うのは人情の常である。 フランス革命のあと、それまでの特権を奪われた貴族たちは、なぜこんなことが起こったのかどうしても理解できず、フランス革命そのものが「誰かの私利私欲のための陰謀」であると考えようとした。 そのと
日経BPのコロンビア大学のジェラルド・カーティス教授の記事を注意深く読んでみた。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20070601/126200/ 日本に二大政党制が馴染まないか? どちらかと言われれば、私も同意する。 ただ今すぐ多党化が進むのがよいのかは微妙である。 もし小選挙区制度を廃して多党化が進めば、以下のようなことが考えられる。 メリット -自公関係の分離(選挙協力の必要性が低下)、多様な政権の組み合わせが期待できる。 デメリット -極右政党の台頭*1 -公明党の恒久与党化の可能性(いずれの政党が第1党になっても必ず連立に入る可能性) -自民党の恒久与党化の可能性(1大政党+小政党となった場合) あるときは単独政権、選挙に負ければ連立を組み、常に与党であり続ける可能性 同意するといいながらデメリットばかり思いついてしまう
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