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ブックマーク / xura.hatenablog.com (89)

  • 消えないで欲しい - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園

    「消えたい - わなびねこ」を読んで。 はてなもツイッターもアカウントがなくなったらどんなにすっきりするだろう。なくなればいいのに。ここから消えてしまいたい。死にたい。殺してくれ。 自分がここにいる意味をまったく感じられない。無知で無教養で面白くもなんともない人間がここに存在する意味などない。自分がそういう人間だということは10年前からわかっている。わかっている。 引用ではなく転載になってしまって申し訳ない。 読んだ記事を取り上げて、久々に何かを書こうと思ってしまった。いい加減、未練がましいよな。もう誰かの記事で何かを書くということもないだろうと思っていたのだが。誰かが過去の記事にブックマークを残して下さった。それに気づいて誰だろうと思ったのだが、転載先のブログの興味ある記事を一つ二つ拝見して記事を書きたくなったのだ。書かせて下さって有難う。 とはいえ、「殺してくれ」という言葉は駄目だよ。

    消えないで欲しい - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園
    hatayasan
    hatayasan 2019/11/19
    「久々に自分の過去の記事を読み返してみて、なんと多くの記事やブログが消え去っていたことか。」書き残している限り、誰かが見てくれるかもしれないと思い出した今。
  • 誰かの心に残ってくれるなら - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園

    「ブログの閉鎖に立ち会うとき - 忘却防止。」を読んで。 此処を閉鎖してしまおうかと考えた時、hatayasan氏のこの記事を思い出した。 あなたの含蓄深く示唆に富んだ文章を読めたのは短い期間だったけど、あなたの記事を「あとで読まず」その場で自分の中で消化しておいてよかった。そしてあなたの記事で感銘を受けた箇所を抜き書きしてブックマークしておいてよかった。 これらは、僕がはてなに身を置いている限り、僕自身を作り出した記憶の断片として残り続けるはずだ。 あなたがはてなで残した軌跡は、あなたが去ったあとも、今も自分のもとにある。 私の書いたものをhatayasan氏にその様に思って貰えているかは疑問ではあるが、氏がそう思っていなくても、他の誰かは或いはその様に思って下さる方もいるかもしれない。とは言え、氏のこの記事を読む限りでは、もしここで私がブログを閉鎖して削除してしまったとしても、誰かの心

    誰かの心に残ってくれるなら - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園
    hatayasan
    hatayasan 2010/12/31
    id:xuraさんとは2006年-2007年くらいにかけてよく遊んでもらいました。「顔が見えなくてもコミュニケーションできる」、ってことをブログを通して教えてもらいました。
  • 誰かの為に残して置いて欲しかった - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園

    「ブックマークコメントが何だか馬鹿馬鹿しくなった - 遥か彼方の彼方から」を読んで。 それなら初めから私のように公開しなければよかったのだ…と言ってしまうことは簡単だが、書かれている事を最後まで読めばそういうことではないと言うことは、如何な私でもわかる。ただ、そのタイトルも釣りだとは思わなかったのだろうか。そのタイトルだけで、私は脊髄反射として「馬鹿馬鹿しいだと?」と微かな憤りのようなものを感じたのだがな。(笑) 人の考えや思いは変わる。何も考えずに軽い気持ちで使っていた。だが、ある時にふっと気付いてしまった。己のやっていることは自分にとって意味があるのだろうか、と。そのように考えが変わってしまえば、今までのようにはやってはいけない。他人が「意味がある」と言ってくれたとしても、如何しても己は思えぬ。だから、今まで通りには出来ない。だから、tek_koc氏がブックマークでコメントをつけるとい

    誰かの為に残して置いて欲しかった - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園
    hatayasan
    hatayasan 2009/04/22
    「だがしかし、それでも誰か一人はtek_koc氏のブクマのコメントを待っていた人がいたとしたら?」その誰かがわかっていれば、やり取りする場を変えるだろうか。/久しぶりに更新再開されている模様。
  • この瞬間も想い出に変わっていく - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園

    「明日は明日の風が吹く 2006-05-19-Friday」を読んで。 一年が経ったのだな。yas-toro氏が一年前の日書いたこの記事には、私の記事も取り上げられていた。それが「何時か懐かしい思い出になるまで」なのだが。 この記事はkira-la氏が書いた記事を読んで自分語りをしたものだったのだが、その氏は今頃如何しているだろうか。私に似ていると思った氏はもう何も書かずに今を過ごしているのだろうか。元気であれば良いのだが。 そして、同日にyas-toro氏が取り上げている、noon75氏が書かれた「セックスなんてくそくらえ - 何のために書くか」を再読した。 何の為に書く、か。そうだな。私は一体何の為に書いているのだろうか。一番の理由は楽しいからだ。それは間違いない。最近では時間が無く書けない時も、精神的な余裕が無く書けない時もあるが、それでも誰かが書いた物で自分語りがしたくなり、時間

    この瞬間も想い出に変わっていく - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園
    hatayasan
    hatayasan 2007/05/20
    「冷え切った雨でもなく、凍るような雪でもなく、その記憶は温かい。その温かさを感じつつ、二度と開かぬ目蓋を閉じ、世界に別れを告げる事が出来るよう、切に願う」今頃、どうされているのでしょうね。
  • 真相 - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園

    「去るものは追わず|とりもなおさず」を読んで。 舞台裏を見せるのは好きじゃない。自分が自身に課した「毎日更新」に雁字搦めにされてしまい、忙しくて書きたくても書けない日もあるのだという事を認めたくないと思っているからだ。記事を書けない訳ではない。だが、書ける題材を拾ってくる時間が無い。私が巡回している範囲では、私が書きたいと思える話題が無いのだ。新規を探す時間や余裕も今は無いので書けない日も出てくる。しかし、取り上げて書きたいという記事が全く無い訳ではないのだ。ただ、記事を起こす時間が足りない。普段は短時間で記事を書くのだが、今は短時間で書ける記事が無く、書きたい記事は時間がかかり過ぎるのだ。私は書く事が好きだと言った。それなのに書く事を苦痛に思う日もあるのだという事を認めたくはないし、他人にも気取られたくないと思ってしまう。書きたくても書けない姿を見られたくない。 そんな舞台裏を多くの者に

    真相 - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園
    hatayasan
    hatayasan 2007/04/24
    「舞台裏を多くの者に見られたくないのだ。常に自身で完成された記事を毎日提供し続けたいと思ってしまうから」
  • 開店休業中ブログ - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園

    「to tell the truth|とりもなおさず」を読んで。 それが、苦痛? いや、あなたは、当の苦痛を知らないのだろう 歩み寄りたい人に、二度と歩み寄れない苦しさを 「あなたは当の○○を知らない」とか「あなたは○○を経験していないので○○が分からない」という言い方は好きじゃない。「当の苦痛」を相手が当に抱いた事が無いと?「○○な経験」をした事が無いと?馬鹿言っちゃいけないよ。他人に何が分かる……と、私に言われた訳でもないのに激昂する私も馬鹿者だな。(苦笑) 二度と歩み寄れない苦しさか。それは私にもある。そして、それを殊更に言い立てた事もある。あなたに分かるのか?私のこの苦しさが、と。あの人がそこに居るのに二度と話しかけられぬ辛さを。だが私は思うのだ。二度と歩み寄れない苦しさよりも歩み寄ったとしても相手の心が私に向けられぬ事こそが最大の苦しみだろうな、と。普通に接してくれる。他

    開店休業中ブログ - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園
    hatayasan
    hatayasan 2007/04/23
    細くても、永く続けることができれば。
  • 歓楽叶わぬ納骨堂庭園

    二桁の読者数を持つブログ主が自分には文才がないとか他人が読みやすいと感じてくれるような文章を書けないといったようなことを書いているのを通りすがりに読んだ。書き出したのも数年前というブログであり、それだけの短い期間で二桁の読者がつくというのも私から見れば充分に文才のある書き手だと思うのだが。私のブログを見てみろ。確かに二桁の読者数であるが、10と50では明らかに違うだろう。それにな、その10の読者が全て私の書いた記事を読んでいるとは私も思っていない。一人二人は読んでくださっているだろうがね。そうか、そうだとすると、その50の読者数を持つブログ主の読者も全ての読者が読んでいるとは言えないのかもな。だがしかし、記事のスターはいつも多くのアカウントで埋め尽くされている。ということは、だ。矢張りその方は多くの人に読まれているということだ。私とは違ってな。

    歓楽叶わぬ納骨堂庭園
    hatayasan
    hatayasan 2007/04/04
    ほんとだ、プライベートになってる
  • 認めないが存在までは否定しない - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園

    「ekken♂ NGワード・異文化を認めろ」を読んで。 私は無断リンクを禁止している相手の記事にはリンクして言及する事はしていないつもりだ。大抵「リンクするな」と言っている者の書く物は私には詰まらなく興味の無い事しか書かれていないからな。だが、全く取り上げたくならないというものでもない。時には取り上げて書いてしまう事もあるだろう。要らぬ諍いを避けたい為に極力取り上げないようにしているが、無断リンク禁止を前面に押し出して訴えていなければ気付かずにリンクして取り上げてしまう事もあるだろう。私のブログで過去に取り上げた記事にも、取り上げた相手の記事が何時の間にか削除されてしまっていた事もある。恐らくその記事の筆者は私に取り上げられた事を不意に思って削除したのかもしれない。 私は書きたいと思ったら取り上げて書く人間だ。ネットでは誰でもが読める場所に公開しているのならリンクするなとは言えないと私は

    認めないが存在までは否定しない - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園
    hatayasan
    hatayasan 2007/03/14
    僕の場合は認めないというより聞き流す感じかなあ。「あ、そうですか」みたいな。
  • 両方頼むと言いたいものだな - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園

    ある方よりバトンを頂く。 黒or白 黒。 夏or冬 夏。 甘いものor辛いもの 甘いもの。 綺麗or可愛い 綺麗。 ズボンorスカート ズボン。 ベッドor布団 ベッド。 洋or和。 ロングorショート ショート。 バニラorチョコ バニラ。 泳ぐor走る 泳ぐ。 数学or国語 国語。 朝or夜 夜。 夢or現実 現実。 日or外国 外国。 箸orフォーク フォーク。 楽器or合唱 楽器。 さらさらorふわふわ さらさら。 このバトンを回す5人 moppara氏。 motimoti3氏。 yas-toro氏。 hatayasan氏。 maname氏。

    両方頼むと言いたいものだな - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園
    hatayasan
    hatayasan 2007/03/04
    こういうバトンもあるんですね。
  • 名文よりも淡々と - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園

    「忘却防止。 - ブックマークをためらう5つのシチュエーション」を読んで。 hatayasan氏が御自分の記事内で引用されている何人かの記事を読んでいて思ったのだが。無断リンク禁止を高らかに謳い上げている者に言いたいものだな、と。リンクされたくないと思うならば、名文過ぎてリンクするのも畏れ多いと感じて貰える物を書け、とな。たとえば、言及もされない、ブックマークもほとんどされない、アンテナにもRSSにも登録されないブログがあるとしよう。そういった静謐としたブログには、もしかするとじっと更新されるのを心待ちにしている多くの愛読者がいるのかもしれない。 残念ながら、私のブログはそういった厳かな雰囲気は全く無いブログだ。尤も、私は名文を生み出す才能は無いので、それは当たり前の事ではあるのだが。それでも、他人がブックマークを思わず躊躇ってしまうほどの記事を書いてみたいという気持ちも全く無いわけではな

    名文よりも淡々と - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園
    hatayasan
    hatayasan 2007/02/23
    あ、気負いは禁物ですね。
  • 終わっていないような終わったような - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園

    「ブログバトン|とりもなおさず」を読んで。 moppara氏よりバトンを頂く。 1. あなたの目に、ブログは終わったように見えますか?それともまだまだ可能性は残されていると思いますか? 私の中ではブログが終わったとは思っていない。だが、この所、興味があって読んでいたブログが立て続けに閉鎖されたり削除されたりしたもので、気分的には「ブログは終わったな」という気持ちも無いではない。 2. 1.の理由を、できるだけ具体的に(できれば、具体的なブログやブロガー、その他のサービスなどを挙げて)答えてください と言う事で、はっきりと終わっていないとか終わったとは断定出来ない。具体的なブログやブロガーも挙げるつもりは無い。 3.回す人 michiaki氏 Ad.Y&W氏 motimoti3氏 mizuno氏 yas-toro氏 souryuusei氏 webmugi氏 hejihogu氏 aozora2

    終わっていないような終わったような - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園
    hatayasan
    hatayasan 2007/02/20
    バトンいただきました。少しだけ考えさせてください。
  • 「逃げちゃ駄目だ」と誰かは言ったとか(笑) - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園

    「鼻が赤くなりにくいティッシュです - 「嫌い」と思うことが嫌い」を読んで。 どこが嫌いなのか考えるのも不愉快 私は小説を書く者の気持ちは分からぬが、小説を書く人間はプラスの感情もマイナスの感情も考えなければならないように思っていたのだが、違うのだろうか。feather_angel氏が小説を書く方であるというのは私の思い違いだったのか。それとも、そういった感情を突き詰めなくてもそれなりに小説とは簡単に書けるという事なのだろうか。だが、何処かで見たが、覚悟が無いと小説は書けないとか? 尤も、覚悟が無くても小説など書けるのかもしれないが。矢張り、作家の気持ちは私には分からぬ。 コメントでmind氏も書かれているが、嫌いな人物から学べるメリットを私も考えたいと思っているよ。全ての感情を体感する事だ。逃げていては良い物は書けないと私は思っている。 【追記】はてなブックマークでfeather_ang

    「逃げちゃ駄目だ」と誰かは言ったとか(笑) - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園
    hatayasan
    hatayasan 2007/02/18
    「全ての感情を体感する事だ。逃げていては良い物は書けない」
  • ♪は楽しそうに見えていい - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園

    「【SOMETHING BLUE】 - 文末に」を読んで。 「♪マーク」 昔は使ってたよ。正直に言うと。でもブログでは(笑)とか(爆)とか使わないようにしてきたのと同じように「♪マーク」は使わなくなった。 私の書く文体には勿論「♪」は似合わないだろうな。だが、(笑)はよく文末に付ける。(爆)は使おうにも使えない文章を書いているので使わないが。 それにしてもコメント欄で誰かが書いていた「♪」は頭が悪そうに見えるという意見だが。幾ら頭が悪そうに見られない為「♪」を使わないように気をつけていたとしても、実際に頭が悪ければ書かれたものに如実に出てくると思うのだ、頭の悪さは。だから、私は頭が悪く見えそうだから使わないようにしているとは言いたくない。私は頭が悪い人間だからな。何時も如何して私はこんなにも頭が悪いのだろうかと悩む事もある。恐らく生きる事に一生懸命ではないからなのだろう。 私は使わないが「

    ♪は楽しそうに見えていい - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園
    hatayasan
    hatayasan 2007/02/12
    「♪」とか「(爆)」とかAAを使うのに抵抗を感じる僕って古い人間なんだろうか。 / そうですね、いずれにせよ堂々としていればいいわけですね。
  • 本当だと思えばそれは本当なのだ - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園

    「オトコのキモチ2 たまねぎ」を読んで。 私も「当の自分」とは一体どういった自分だろうかと考えた事がある。webmugi氏が剥ぎ取っていけば当の自分が出てくるのではないかと思ったのと同じで、私もそう思ったものだった。氏のこの記事に付けられたsuVene氏の「剥いでいるその皮自体」もまた自分であるという事も思ったものだったな。それはこれを剥けば当の自分が出てくるのだろうと剥いでは剥いでいき、何時しか当の自分は当に出てくるのだろうかと迷いが出てくるその迷いも自分自身であるという事と同じではないかと私は思うよ。つまり、剥ぎ取る行為そのものに自身が表れているのだという考えなのだ。 虚飾をまとったまるごとが自分。 噛み潰せば苦みと甘みと目にしみるような想いを含んでいる。 そんな雑多な経験が重なり合った,それが自分。 「ほんとう」も「うそ」もない。 虚飾を纏おうが、纏っているのも自分だ。他人

    本当だと思えばそれは本当なのだ - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園
    hatayasan
    hatayasan 2007/02/01
    「。他人が見てその虚飾が嘘だったとしても、それは本人にとっては嘘ではない。嘘とは何時か本物に変わる可能性のある物なんだよ。可能性がある限り、それは嘘ではない。」
  • この記事は「後で読む」タグ禁止(笑) - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園

    「404 Blog Not Found書かれなければ〔後で読む〕ことも出来ない」を読んで。 私は読者を考えずに好き勝手に書いているつもりなのだが、読まれる事を意識して書いてもいる。「それで意識してるのか」と思われるだろうが、意識しているのだ、これでもな。実際、以前書いていた物より断然此処で書いている物の方が多くの方に読まれていると感じているからだ。勿論、読まれ易いように考えて書いているからでもあるのだが。 しかし、私は「自分にしか書けないこと」を書いているつもりは無い。当たり前の事を書いているつもりだ。同じく「だれが読んでもわかるように書いた文章」も書いているつもりは無い。ただ、難解な物は私には書けないので、分かり難い物を書いてはいないとは思うがな。 blogは「読んでもらいたいから書く」より、「書きたい事があるから書く」のに向いたメディアである。 この一文を読んで思ったのだが、書きたい事

    この記事は「後で読む」タグ禁止(笑) - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園
    hatayasan
    hatayasan 2007/01/26
    あとで読まれるのでも構わないから、中にあるものを吐き尽くしたい、ということですね。
  • 匿名で無い事の恐ろしさ - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園

    「メモ - 匿名ダイアリー」を読んで。 音を引き出すにはコミュニケーションは邪魔になることがあるということかなあ…。 少なくとも私はそうだな。だが、交流をしていても「それは違う」とか「それは変だ」と交流相手にはっきりと言う者も居る。以前はそういう者が居るとは想像もした事がなかったが、今はそこかしこに居る印象を持っているよ。だが、交流があるから音が言えないのが悪いとも思わない。音が言えないのを苦痛に思うなら別れてしまえばいいのだからな。 私も以前、大手の掲示板で書き込みをしていた事があった。交流を求めて書き込みをしていたのだが、それからサイトを持ち、其方の掲示板である程度の人数と交流をしたこともある。だが、大手の掲示板に書いていた時より音はなかなか書けなくなったな。他の者は如何か知らぬが、私は相手と交流が深まれば深まるほど「それはいけないと思うよ」という類が言えなくなるようだ。だから

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    hatayasan
    hatayasan 2007/01/16
    「交流が深まれば深まるほど「それはいけないと思うよ」という類が言えなくなる」"いい人"では駄目なんですけどね…
  • 私は書いている人物に興味があるよ - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園

    「suVeneのあれ 文章から人格を読む人・読まない人」を読んで。 これは、不平不満ではない。「誰が話しているか」を考慮することがほとんど出来ない俺の選択による結果であり、明らかな不利益を考慮できない自分自身の愚鈍さを表す話である。強盗や暴力的犯罪者に対面して「暴力はいけない」といって、身の危険を冒すような愚鈍さの話である。(上の人が強盗という意味でなく、不利益を考慮できていないという話) 確かに「誰が言っているか」ではなく「何が語られているか」で物事を考えようとする事は、その様な不利益は出てくるのだろうが、その様な筆者の姿勢は私は好感を持ったな。そこには記事を平等な目で見るという利点があるからだ。私も良くない態度だと反省する事があるのだが、人によってはつい贔屓をして見てしまう事があるからだ。矢張り、自分に対して好意的な目で見て下さる方には書かれている内容が少々問題ありと思っていたとしても

    私は書いている人物に興味があるよ - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園
    hatayasan
    hatayasan 2007/01/07
    「記事を平等な目で見るという利点」ブロゴスフィアに馴染むと失われがちな視点。自戒せねば。
  • 今夜はとても気分が良い(笑) - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園

    「年末〜新年バトン|とりもなおさず」を読んで。 年末に大掃除する? するよ。 賀状は出す? 出さない? 一応出すよ。 年賀状出す人へ。手書き? それとも印刷? 印刷になるかな。 元日はどこで過ごす? 家だよ。 正月に見る番組は? 寝るよ。 初詣行く? 行くよ。 最後に来年の目標をどうぞ! 毎日更新だよ。 回す人。 michiaki氏 hatayasan氏 今夜はこの様な気分(笑) 【追記】hatayasan氏よりトラックバックを頂く。 ところで、ネットのコミュニティで年賀状代わりになるものって、あるのでしょうか? そうだな。グリーティングカードという手もあるが、記事で手書きの画像などを更新するのも良いかもしれない。

    今夜はとても気分が良い(笑) - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園
    hatayasan
    hatayasan 2006/12/28
    うわっ、バトン渡してもらったのに気づかずにすみません。しばらく待っていてください。 / 回答しました。→http://d.hatena.ne.jp/hatayasan/20061228/p1
  • 一歩が踏み出せない悩ましい夜だ - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園

    「Ladder to the Moon - ブクマコメントで傷ついたときにどうするか」を読んで。 私の記事にもブックマークでコメントを下さる方が数は少ないがある。その中には勿論ネガティヴなコメントを下さる方もいる。それに対して私は傷付いたとかそういった言葉は発した事は無かった筈。だが、実は、此れまでに私を傷付けたコメントを書いた方がいるのだ。誰がとは言わないが。しかし、私は一般的な方のようにネガティヴなコメントで傷付く訳ではない。好意的なコメントでも私は深く傷付く事がある。どの様な言葉で傷付くのか、それは勿論言えないし言うつもりも無い。言ってしまったら誰が私を傷つけたのか特定されてしまうからな。 私はどちらかと言うとladdertothemoon氏寄りの人間なのだろう。氏のように執念深く「あの人はあの時この様なコメントを書いたのだ」とずっと覚えているからだ。それは、そのコメントを下さった方

    一歩が踏み出せない悩ましい夜だ - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園
    hatayasan
    hatayasan 2006/12/27
    「言えない「あなたの言葉に傷付いた」とは。その人は私にとっての特別で有り続けて欲しい」大切にしたいからこそ伝えられないもどかしさ。
  • ittuan氏の書かれる物は好ましいと思っているよ - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園

    「Re Person I don’t know - はてブ至上主義?」を読んで。 ブックマークを100個もらうより、「よかったです!」という一つのリンクの方が嬉しいのである。 以前「あなただけにブックマークされたい」と書いた事がある。 私はブックマークを公開していないので、私がどの記事に感銘を受けたかという事は、ブックマークではなく記事で判断して貰いたい。 とは言え、私の場合は言及とは言えない言及記事を書いている上にトラックバックもしていない。ただ、興味のあるもの、或いは良かったと思えるものしか取り上げて書こうとは思わない。それだけだな。だが、取り上げていないからといって「失敗だった」のだとは思わないでくれたまえ。何方かが氏を文才が無いと言われていたようだが、少なくとも私よりは文才はあると思っている。尤も、文才の無い私が言っても説得力は無いと第三者に言われてしまうのだろうがな。(苦笑) 所

    ittuan氏の書かれる物は好ましいと思っているよ - 歓楽叶わぬ納骨堂庭園
    hatayasan
    hatayasan 2006/12/04
    最後まで読んでなんだか和むものを感じてしまったのはなぜだろう。