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教育と考察に関するhazardlamp0855のブックマーク (3)

  • 2017-07-07 ダメと言われる事で正しくなる表現について

    少年ジャンプの巻頭のエロ表現がいいか悪いかで議論が起きているようです。 似たような問題は昔から繰り返しあり、過去に僕はこんな記事を書きました。 記事の中で、僕は『自分がもしいつか子供の親になったとき〜』と書きましたが、現在僕は二人の娘の父親です。そして基的な考えは当時と変わっていません。 僕は、表現というのは、それ単体で単純に善悪がはかれるものではないと思っています。 暴力的な表現を見たら暴力的になってしまうとか、子供でも人間はそんなに単純ではないです。 人がある表現からどのような影響を受けるか、何を学ぶかは、人がその表現にどのような形で接するのか、その表現が社会の中でどのような文脈に置かれているのかによって変わるものです。 例えば、歩きながらを読む二宮金次郎の姿は、ある時代には勤勉の見、という文脈に置かれ、その振る舞いを見習え、と教えられましたが、現在は歩きスマホを誘発する危険な行

    2017-07-07 ダメと言われる事で正しくなる表現について
  • ローカルに逃げてもグローバリゼーションからは逃げられない - 狐の王国

    武田鉄矢、「当たる要素ゼロ」の映画を語るという記事。 これを見て思い出したのが、結局、街はローカルが勝ち!という記事。埼玉の田舎アメリカがあるという話。グローバリゼーションの波に流された結果、「その街にしかないもの」が消えたという話。「その街にしかないもの」を持ってる街は強い、という話。 これ自体は間違ってない。だが否応無くやってくるグローバル化から目を逸していい話でもない。 タイの物価は地味に上がり続けている。タクシーも初乗り35バーツは変わってないが、35バーツで行ける距離は短くなった。今でも屋台で30バーツでべられるごはんは多いが、フードコートは50バーツや90バーツの事が増えたりしている。そのぶん品質はもちろん上がっている。味も多様性も安全性も。きっと少し遅れてこれらはタイ人たちの給与額にも反映されるだろう。 対して日はどうか。どの産業を見ても低価格競争ばかり。日人の給与

    ローカルに逃げてもグローバリゼーションからは逃げられない - 狐の王国
  • 茂木健一郎 クオリア日記: 京都大学等におけるカンニング事件について

    今回の京都大学をはじめとする入試における「カンニング事件」は、いろいろな意味で心が痛む。 京都大学が被害届けを出し、「偽計業務妨害罪」でカンニングをした学生が逮捕されるに至ったことに、強い違和感を覚えるものである。 その理由の第一は、「大学の自治」、「学問の自由」にある。 入学者をどのように選考するか、という問題は、「大学の自治」の根幹にかかわるものと考える。どのような資質を持った人から、大学を構成するかということは、大学における学問、研究、教授の基礎をなすものであり、大学が、もっとも大事にしなければならない点である。 1952年の「東大ポポロ事件」に見るように、かつては、大学の自治はもっと大切にされ、さまざまな議論があったと思う。今回の事件において、京都大学の関係者が「被害届け」を出してしまったことは、「大学の自治」の点から疑問である。日の大学が、大きく変質してしまったことを感じる。

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