ご近所の嫌がらせに悩み、不出来な婿に頭を抱え、迷子の猫を探し、大地震の余震におびえる――。幕末と言えばペリー来航や坂本龍馬暗殺など、大きな歴史の中の激動の時代を想像するが、そんな中でも庶民の日常はあった。4人の女性の日記をひもとくと「現代とひと続き」な身近でリアルな日常が浮かび上がる。河内国の新興商家・種屋の長女、サク19才。問題を起こす夫と離縁し、事実上の女主人として一家を切り盛りする。ひな

非暴力主義の誕生──武器を捨てた宗教改革 (岩波新書 新赤版 2049) 著者:踊 共二 出版社:岩波書店 ジャンル:人文・思想 「非暴力主義の誕生」 [著]踊共二 「非暴力」といえば、世界史を少しでもかじったことがある人なら、真っ先にガンジーを思い出すだろう。あるいは、公民権運動のキング牧師かもしれない。前者は、イギリス帝国主義に対抗する際に、あえてインドの人びとの「非暴力・不服従」を唱えた。後者は、アメリカ社会の白人支配に対して、黒人の権利を守る観点から「非暴力」的抵抗を主張した。だが、本書のまなざしはこうしたヒーローたちには向けられていない。非暴力に徹したほぼ無名に近い人びとにこそ目を向け、歴史の闇の中から拾い上げようとするのだ。 時は遡(さかのぼ)ること近世。舞台は宗教改革の嵐が吹き荒れる欧州。暴力に彩られた時代は20~21世紀だけではない。近世の宗教改革期にも殺戮(さつりく)行為
飛脚は何を運んだのか ――江戸街道輸送網 (ちくま新書 1841) 著者:巻島 隆 出版社:筑摩書房 ジャンル:ノンフィクション 「飛脚は何を運んだのか」 [著]巻島隆 本書は日本の飛脚制度の発達史だが、著者の視点の広さと深さにより、あらゆる分野を網羅した江戸期の社会史になっている。飛脚は平安末期の戦線報告に端を発し、鎌倉期に制度化に向かい、江戸期にはビジネス化していったという。 特に江戸期の飛脚にはその事業形態、経済や物量の動き、通信、さらには災害での輸送物の消失に対する賠償など、現代の企業の芽は全て揃(そろ)っていたことが詳述されている。こうした見方には説得力がある。戦国体制に戻さない知恵でもあったといい、それが国内流通を推進し、メディアの役も兼ねたと指摘する。 江戸期に飛脚を利用した人々は、実に多岐にわたる。幕府、大名家、旗本、商人、村・町名主、文人などだ。著者は曲亭馬琴の日記を分析
フォークの登場によって食事のあり方が変わり、食卓の上に個人の境界がつくられることになった。(Photograph By Rebecca Hale, Nat Geo Image Colleciton) フォークは世界の食卓で広く使われている道具のひとつだ。普段、このありふれた日用品を意識することはほとんどない。しかしこのフォークには、実は何世紀にもわたって退廃、不道徳、傲慢の象徴だったという歴史がある。 歴史の大半においては、指こそが自然の食器だった。肉はナイフで切り、汁はスプーンですくうが、栄養を取るという行為は手を使うことなしに終えることはできなかった。しかし、フォークはそれをすっかり変えてしまった。 「フォークが登場したことで、食文化や食卓の大変革が始まったのです」と述べるのは、ローマの食人類学者ルチア・ガラッソ氏だ。フォークの登場によって、食事が秩序ある洗練された行為になったが、すべ
「恐怖とパニックの人類史」 [著]ロバート・ペッカム 第2次トランプ政権が繰り出す「トンデモ」政策に、米国のみならず世界全体が恐怖を覚え、パニックともいえる動揺が広がっている。原書は2年前の出版だが、その時点で著者が、思想と表現の自由が抑圧され、民主主義が瓦解(がかい)すると見抜いているのが、慧眼(けいがん)だ。 人類の歴史を中世の疫病蔓延(まんえん)から始め、恐怖とパニックがいかに統治者や資本家、メディアや行政官により政治化され、支配の道具とされてきたかを本書は追う。そこで取り上げるのは、フランス革命後の恐怖政治や、ナチス・ドイツ、スターリンのソ連といった全体主義下での恐怖による圧政だけではない。ヨーロッパが都市化し、さまざまな階層、出身の住民の間の距離が縮まり、密な空間での感染症への恐怖が高まり、工業化したことで産業機械に命を奪われることに、怯(おび)える。 群衆の恐怖とパニックは、近
イスラエルはなぜ1年3カ月にわたり、多くの犠牲をいとわずパレスチナ自治区ガザへの攻撃を続けたのか-。その背景には「植民地主義」があると、一橋大の鵜飼哲名誉教授(フランス文学)が主張している。昨年10月には、見解を同じくするカナダ在住のユダヤ教徒の歴史学者ヤコヴ・ラブキンさん=写真=がフランス語で著した『イスラエルとパレスチナ』を邦訳し、岩波書店から出版。紛争の原因を虚心に見極め、平和のために声を上げるべきだと訴える。 (林啓太) ユダヤ人は、ナチス・ドイツのホロコースト(大虐殺)の被害に遭った「弱者」とその子孫だと考えられがちだ。しかし鵜飼さんは「多くのユダヤ人がナチスの絶滅政策の犠牲になったのは、紛れもない事実」と強調した上で、19世紀末から今に至るユダヤ人側の「暴力の系譜」も指摘する。 19世紀の後半から20世紀初めにかけて、ロシアやポーランド、ウクライナでは、キリスト教徒らがユダヤ人
第2次世界大戦後、バルト3国の一つ、ラトビアで日本と中国の文芸文化の紹介に活躍した著者は、満洲(現中国東北部)に生まれ育った。文字通り「一〇の国旗の下で」過ごした前半生を回想したのが本書だ。 1904年、勃発した日露戦争は、帝政ロシア支配下のラトビアから1人の機関士を満洲に呼び寄せた。ロシアが敷設した東清鉄道沿線の小さな村で23年、著者は機関士の息子として生まれた。3年後、父はハルビンに転勤。空に揺れていた中華民国旗は、やがて蔣介石国民党政府の旗に代わった。31年9月、著者はアメリカ国旗の立つYMCAギムナジウムの門をくぐった。ロシア正教の学校で、祝祭日には帝政ロシアの三色旗がはためいた。在留ロシア人と中国人子弟が大半、ユダヤ人やポーランド系などの生徒もいた。同じ9月、日本の関東軍が満洲事変を画策。翌年にはハルビンの空に日の丸と満洲国旗が翻った。
植民地近代の一時期だけ切り取ることで,在地社会の連綿とした営為を見過ごしていないか?「満洲」で生じた在地社会と植民者との出会いとその後の変化について,医療、工学、畜産、林業にまつわる技術を軸にとらえ直す。新たな「満洲」史。 上田 貴子(うえだ たかこ) 近畿大学文芸学部・教授 博士(学術) 『奉天の近代――移民社会における商会・企業・善堂』京都大学学術出版会、2017 「戦後大阪神戸における山東幇の生存戦略――山東系中華料理店のビジネスモデルを中心に」『冷戦アジアと華僑華人』(編)陳來幸、風響社、2023 西澤 泰彦(にしざわ やすひこ) 名古屋大学環境学研究科・教授 博士(工学) 『日本植民地建築論』名古屋大学出版会、2008 『植民地建築紀行――満洲・朝鮮・台湾を歩く』吉川弘文館、2011 『東アジアの建築家――世紀末から日中戦争』柏書房、2011 財吉拉胡(さいじらほ、Saijira
〈ロシア〉が変えた江戸時代: 世界認識の転換と近代の序章 (歴史文化ライブラリー 613) 著者:岩﨑 奈緒子 出版社:吉川弘文館 ジャンル:歴史・地理 「〈ロシア〉が変えた江戸時代」 [著]岩﨑奈緒子 ペリーの来航を扱った狂歌〈泰平の眠りを覚ます上喜撰(蒸気船) たった四杯で夜も眠れず〉は、私たちに幕末のイメージを強く植えつけている。巨大な黒船の出現が、当時どれほど衝撃だったか。 そしておそらく幕府はぼんやりしていて、泰平の夢をむさぼっていたに違いない。そんなふうに思い込んでいるとすれば修正が必要だ。少なくとも一部の幕閣や知識人たちは、とっくに眠りから覚めていたと、本書は教えてくれる。 きっかけはペリー来航の約80年前。ある異国人から不穏な情報がもたらされた。「ルス国」の船が「かむしかってか」に集結し、「クルリイス」にとりでを築いている――。ロシアによるカムチャツカや千島列島への進出を伝
本書は、古代から現代に至る西洋の過去に関して、真実=正解を求めて幾通りもの主張が戦わされているポイント、すなわち「論点」だけを集めたテキストです。「論点」に触れ、主体的に思考する… 本書は、古代から現代に至る西洋の過去に関して、真実=正解を求めて幾通りもの主張が戦わされているポイント、すなわち「論点」だけを集めたテキストです。「論点」に触れ、主体的に思考することで、歴史学ならではの醍醐味が味わえます。各項目は“史実”“論点”“歴史学的に考察するポイント”の3パートから構成され、語句説明やクロスリファレンスも充実。世界史の知識がなくとも理解が進む工夫が満載! 目次 1 西洋古代史の論点(ホメロスの社会;ポリス形成論 ほか) 2 西洋中世史の論点(中世初期国家論;カロリング・ルネサンス ほか) 3 西洋近世史の論点(世界システム論;世界分割(デマルカシオン) ほか) 4 西洋近代史の論点(フラ
ローマ帝国は最盛期にヨーロッパから中東、北アフリカにまたがる広大な領域を支配し、現代でも幅広い地域でローマ帝国時代の遺構を確認することができます。新たな研究では、「ドイツの中でかつてローマ帝国に支配されていた地域とローマ帝国外だった地域では、人々の幸福や性格に違いがある」ことが判明しました。 Roma Eterna? Roman Rule Explains Regional Well-Being Divides in Germany - ScienceDirect https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2666622725000012 Ancient Roman rule continues to shape personality and well-being in Germany, study suggests https
「法の人類史」 [著]フェルナンダ・ピリー 法は、社会秩序を守る上で欠かせないとされている。では、それはどこから生まれたのか。古代ローマから近代ヨーロッパに至る法の支配の歴史は有名だが、西洋以外でも様々な社会が法を作ってきた。本書は、従来の西洋中心的な見方を改め、法の世界史を展望する。 本書によれば、今日の法にはメソポタミア、インド、中国という3つの源流があった。何かと特別視されがちなローマ法は、実はメソポタミアの伝統に属する多様な法の1つであり、ユダヤやイスラムの法と同系統に属する。また、法が支配者を縛るのもローマ法の専売特許ではない。インドではヒンドゥーの法を司(つかさど)るバラモンが王の権力に制限を加えた。中国のように、皇帝は法に縛られないとするモデルは、むしろ例外なのだ。 さらに本書は、法には実用的な目的だけでなく、社会のビジョンを提示する役割もあると指摘する。例えば、ハンムラピ法
「休息の歴史」 [著]アラン・コルバン 私は疲れている。だから休息について豊かな言葉が紡がれる本書に惹(ひ)かれた。現代の休日は労働の疲れを癒やし、再び労働に向かうためのものになってしまっている。本書はこうした考えが産業革命以降のものであるとして、過去の世界でどう違っていたのかを教えてくれる。 もともと日曜日に休む習慣は旧約聖書の定める安息日に由来するが、これは祈りなど宗教的活動に捧げるべき日だった。働かないがゆえに聖なる日だったのである。老年期の引退や隠居、社交しない引きこもり生活、更には政治的失脚や監禁状態にも休息としての価値を見出(みいだ)す人はいたようだ。要は18世紀頃まで、休息とは喧噪(けんそう)を離れて己をよく知り、心の平穏を保ち、自分自身に戻るための創造的な営みと考えられていたのである。 著者アラン・コルバンは1936年生まれ、「においの歴史」など、一昔前では歴史学の対象にな
年末、越冬炊き出しの横断幕にこの言葉を見た。東京の山谷(さんや)、大阪の釜ケ崎と並ぶ日雇い労働者の集住地域、かつて寄せ場と呼ばれた横浜の寿町でのこと。高度経済成長と消費社会の只中(ただなか)で起きた暴動の時代のスローガンである。 寄せ場の暴動は賃金搾取や労災もみ消し、使い捨ての非人間的な不正に対する日雇い労働者の怒りの発露だった。本書は1968~86年を軸に、山谷で労働運動に取り組んだ中山幸雄が、暴動の時代を語った稀有(けう)な回想録だ。 寄せ場の労働形態は派遣などの名称に変わり、あまねく社会化して久しい。非正規が労働人口の約4割を占める今日、その形態の元が寄せ場にあることは忘れられがちである。そして忘却の最たるものが暴動の意味であることを、本書は物語って余りある。
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