oyu C103土曜東G21b @oyussy @itumo_sobani でた~っネコ戦車~~‼(しかもめちゃくちゃうまいw 実は私もやろうとして、筒状のものがなくて段ボールだけでどうしようか悩んでたとこでしたが、いくのさんのネコ戦車みて大満足しました🌼
陸上自衛隊の将来の主役となる16式機動戦闘車が5日、大阪・南港のATC(アジア太平洋トレードセンター)で一般に公開された。関西では初の展示とあって、多くの市民らが訪れた。 次期「陸の主役」 公開は「OSAKA防衛・防災フェスティバル2017」の一環。今回で4回目。前回2015年には配備が始まったばかりの10式戦車が公開されたが、今回は最新装備品の16式機動戦闘車が公開された。 その姿は、従来の装輪装甲車(履帯ではなく車輪で走る装甲車)を平たくし、上に戦車の砲塔をつけている。この独特のスタイルが、次の「陸の主役」となる特徴だ。 防衛省は南西諸島の防衛を念頭に、「統合機動防衛力」の実現を目指している。これは陸海空自衛隊が緊密に連携し、有事の際は速やかに目的地へと展開することを目標とするものだ。 長い日本列島を守るには、あらかじめ膨大な陸上兵力を各地に配置しておくという方法もあるが、現実には予算
イギリスにある世界最大級の規模を誇る戦車博物館。前編ではWW1時に起きた軍馬から戦車への移り変わりの様子、そして博物館内に大量に展示してあるWW2戦車の紹介をしました。 【画像多数】ガルパン戦車も大集合! イギリスの『タンク・ミュージアム』に行ってきた・前編 https://getnews.jp/archives/1423907 [リンク] 後編では、紹介しきれなかったイギリスやアメリカの戦車、そしてWW2以降の戦車の展示を中心に紹介していきます!そして予想だにもしなかった衝撃の光景も大公開!さっそく見ていきましょう。 博物館最深部に進むと、”あの”超戦車がいた 時折、我々の想像力を超えたモノを作り出してくる事で有名なイギリス。 この博物館にも、その「英国面」を垣間見る事ができるトンデモな戦車が博物館の奥に展示してありました。ちなみに、上の画像に写っているのですが、見つける事が出来るでしょ
日本陸軍が戦時下、極秘に試作した世界最大級の「150トン戦車」の設計図が見つかった。当時の作業日誌からは、物資の欠乏で鋼板が手に入らず工程が大幅に遅れるなど、戦況悪化で生産体制は危機的状況だったことがわかる。 1941年4月、旧陸軍が三菱重工に発注し、試作1号の車両部分が42年4月に初めて試運転された。機密保持のため「ミト車」(三菱重工)、「オイ車」(陸軍側)の名称のみが知られ、これまで詳しい形状や仕様は不明だった。 図面や仕様書、試作車の報告書や作業日誌が近年、古書市場に出た。軍用車両の研究家で知られる精密模型メーカー「ファインモールド」(愛知県豊橋市)社長の鈴木邦宏さん(57)が入手し、復元模型づくりを進めている。 報告書によれば、ミト車は総重… この記事は有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。 この記事は有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます
1年半振りにモスクワにやって来た。 5月9日の戦勝記念パレードを取材するためである。 今回はクレムリンすぐそばのホテルをとったのだが、タクシーの運転手が「やばい、もうすぐパレードのリハーサルで通りが閉鎖されちゃうよ」という。 え、リハーサルって今日だったっけ、と凄まじいスピードで飛ばすタクシーの座席にどうにか掴まりながら宿まで届けてもらい、荷物を放り込むとトヴェルスカヤ通りへ急いだ。 赤の広場正門にまっすぐ続く目抜き通りで、パレード本番やそのリハーサルとなるとここに出番を待つ戦車や装甲車、ミサイルなどがびっしり並ぶ様は壮観である。 夜7時過ぎ、郊外のアラビノ演習場で待機していたパレード部隊がトヴェルスカヤ通りに入って来た。 まずは故障車を回収するための工兵部隊、次に故障に備えた予備、そして本隊という順番なのだが・・・ 「あれ、今なんか見たことがない榴弾砲が通ったぞ」 妙に角張った砲塔は明ら
ウクライナ南部クリミア半島の独立宣言、ロシアへの併合の余波が思わぬところに――。イタリア警察当局は3日までに、同国北部の「水の都」ベネチアの独立を目指す武装闘争を計画したとして元国会議員ら24人を逮捕した。 AP通信などによると、容疑者らはブルドーザーを「戦車」に改造。観光名所のサンマルコ広場を制圧しようと企てたという。1997年にも、同様の騒ぎが起きている。 ベネチアが州都のベネト州では3月、クリミアでの住民投票に触発された政治団体が、州知事も支持したインターネットによる「住民投票」を実施。260万の投票があり、89%が独立を支持したと発表した。地元メディアの多くは、信頼性が低いとしている。 イタリア北部では、自治権拡大や移民反対を掲げる地域政党「北部同盟」が90年代に独立を模索。今も一定の支持を保つ。ベネチアは18世紀までの千年間、貿易で栄えた共和国だった。(キエフ=石田博士)
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く