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ブックマーク / shields-pikes.hatenadiary.jp (2)

  • インターネットは必ずしも「生の声」のメディアではない - くろいぬの矛盾メモ

    1年前に書いたエントリ「新聞社で読者投稿欄の原稿修正をしてた者ですが」は、反響が大きかった。 「生の声 VS 編集権」と言う、「ネット VS マスコミ」という新旧メディアの対立にも似た構図が、そこにあったからだろう。 久々にこの記事がid:y_arim氏の書いた「ネット文化が編集者を失業させる?」で引用されてたので、 ちょっと反論というか反応してみた。 反応の要点は、y_arim氏のエントリのはてなブックマークにも書いた以下の3点。 ■他人のエントリやコメントから自分のブログへの「引用」も、恣意的に「編集」されている。 ■「編集の時代→生の声の時代」という単純な変化や進化ではなく、両者が並存する「多様化」だと思う。 ■雑誌の読者投稿欄(ジャンプ放送局/ファンロード/ゲーム帝国/バカサイなど)のニーズが低下したのは確か。 ということで、語って行きます。 ■ブロガーも「編集者」である 今回、y

    インターネットは必ずしも「生の声」のメディアではない - くろいぬの矛盾メモ
  • あなたの性格は直らない。直す必要が無い。 - くろいぬの矛盾メモ

    たとえば、「人間を3種類に分けるなら」というお題に対して、こう分けたとする。 現状を受けいれて生きる人間 理想を探し求めつづける人間 現状を変えようとあがく人間 この並べ方だと、最後のあがく人間ってのがわりと正解のように見えるんだけど、 実際にはどれが正しいってわけでも無い。 有名なホトトギス話になぞらえれば、上から家康、信長、秀吉なのかも知れないが、 誰が成功するかなんて、こんな基的な行動原理だけじゃ全くわからない。 実際には、「何を」「どのように」求め、受けいれ、またはあがくかこそが肝要だ。 基的な行動規範よりも、「行為の対象」と「やり方」の選び方のほうがずっと大事なのだ。 法律やルールや計画や定義や基方針やスローガンを作っただけでは、毒にも薬にもならない。 だから大の方針だけ決めて、あとは「各自対応」とか「ケースバイケース」とか「バランスの問題」とか 「現場の判断」とか「臨機

    あなたの性格は直らない。直す必要が無い。 - くろいぬの矛盾メモ
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