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ブックマーク / blog.goo.ne.jp/ego_dance (75)

  • 書物の王国 - 人形 - アブソリュート・エゴ・レビュー

    『書物の王国 - 人形』 服部正・編   ☆☆☆☆ 国書刊行会から出ている「書物の王国」シリーズのうち、「人形」「王朝」「美」の三冊を入手した。もともとは谷崎の『少将滋幹の母』を読んで王朝ものをまとめて読みたくなったのがきっかけだが、なかなか面白そうなシリーズなので他のものも入手してみたのである。 これは「人形」篇で、人形に関する古今東西の幻想譚が収録されている。エッセーもあるし詩もある。こういうアンソロジーでなければ読まないようなマイナーな作家や古い怪談集からの抜粋もあって、高価なだけれども買った甲斐はあった。 ただ最初の作品、ホフマン『クルミ割り人形とネズミの王様』とアンデルセン『しっかり者の錫の兵隊』の連続はどうもいただけなかった(その前にあるエッセー一篇と詩一篇はいわばプロローグで、実質ここから篇開始)。童話だからだめとは言わないが、もっと他に収録されるべき作品があるのではな

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  • 『少将滋幹の母』 谷崎潤一郎 - アブソリュート・エゴ・レビュー

    『少将滋幹の母』 谷崎潤一郎   ☆☆☆☆★ 『武州公秘話』が面白かったので続けて書を購入。「王朝もの」である。私は「王朝もの」にヨワい。新潮文庫でも出ているが、新聞連載時の挿絵がそのまま収録されているというのでこっちの中公文庫版にした。「王朝もの」に挿絵がついたら「王朝絵巻」ではないか。私は「王朝絵巻」にヨワい。 メインのプロットはとてもシンプルだ。若くして老人のとなった美女・北の方を傲慢な権力者・時平が酒の席の策略で強引に奪っていく。この北の方が、タイトルにある少将滋幹の母である。そして後年、滋幹は年老いた母と再会する。それだけだ。うーん、シンプル。ただそこに、かつて北の方の愛人だった色男の平中の話(侍従の君に言い寄るがなかなか相手にされず、北の方に未練が出て会おうとし、子供の滋幹の腕に歌を書いたりし、やがて侍従の君のせいで死ぬ)、時平の子孫の話(菅原道真の祟りでみな短命となり、滅

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  • 『武州公秘話』 谷崎潤一郎 - アブソリュート・エゴ・レビュー

    『武州公秘話』 谷崎潤一郎   ☆☆☆☆ 谷崎潤一郎の『乱菊物語』が大好きなので、同じく伝奇ロマンということで書を購入してみた。『乱菊物語』の荒唐無稽さ、濃厚な幻想性には及ばなかったが、なかなか面白かった。かなり変わった小説だ。 これは武州公の少年期、青年期からその秘められた性癖を語るエピソードを抜き出して並べてみせる、という体裁になっている。秘められた性癖というのははっきり言うと変態性欲であり、彼の場合、生首と美女、という組み合わせである。美女の生首ではなく、武士の生首を持って撫でたり洗ったりする美女、に興奮するのである。自分がその生首になったところを想像すると特にイイらしい。これはもう間違いなく、かなりの変態である。多少の変態なら理解がある私でも、こればっかりは分からない。生首フェチ、とでもいうのだろうか。まあとにかく、そういう話なので生首が頻繁に出てくる。残酷な耽美性を持った伝奇ロ

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  • 停電の夜に - アブソリュート・エゴ・レビュー

    『停電の夜に』 ジュンパ・ラヒリ   ☆☆☆☆☆ 再読。昔読んだ時は斜め読みで、結構地味だなと思った記憶があるが、今回じっくり読んでやはりピュリツァー賞も伊達じゃないということが分かった。題材はインド系アメリカ人の日常生活などから取られていて、それほどの起伏はない。どことなく劇的な事件が起きそうな状況であっても、結局大したことは起きないというパターンが多い。そういうところはちょっとモラッツォーニの『ターバンを巻いた娘』に似た感触があるように思う。たとえば『停電の夜に』では関係が冷えた夫婦が停電を機会に仲直りするのかと思っていると結局駄目なままだし、『ビルザダさんが事に来たころ』では祖国の戦争で家族と引き離された男が最後に悲劇を迎えるかと思うと、あっさり家族が見つかって終わりとなる。しかしこのアンチ・クライマックスな外し方がうまく、デリケートで複雑な余韻を残す。文体は静謐で、常に沈着冷静だ

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  • リンさんの小さな子 - アブソリュート・エゴ・レビュー

    『リンさんの小さな子』 フィリップ・クローデル   ☆☆☆☆☆ 日のアマゾンで購入。非常にシンプルな物語で、あっという間に読み終えた。雰囲気は静謐。ストーリーは悼みと哀しみを基調のトーンとしつつ、あくまで繊細に、淡々と進む。内省的で簡潔な文章がとても美しい。 船で異国にやってきたリンさんと、その国の住人であるバルクさんの穏やかな交流が描かれる。二人は公園で出会う。二人とも相手の話す言葉が分からない。それでも二人は相手に会うのを楽しみに、その公園にやってくる。リンさんはバルクさんにタバコをプレゼントする。バルクさんはリンさんに事をプレゼントする。時折回想が挿入される。それぞれの過去の痛みと、苦しく辛い中に見え隠れする人生の美しさを、この小説は静かに綴っていく。 タイトルの「小さな子」とは、リンさんの孫娘である。彼はこの子と一緒に異国にやってきた。そしてどこに行くにもこの子を連れて行く。リ

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  • 大聖堂 - アブソリュート・エゴ・レビュー

    『大聖堂』 レイモンド・カーヴァー   ☆☆☆☆☆ 『愛について語る時に私たちが語ること』に続く短編集にして、短篇作家カーヴァーの誰もが認めるマグナム・オプスである。村上春樹が言うように、初期の作風からはっきりした変化が見られる。まずスタイルの点では一つ一つの短篇が長くなり、文章も息が長くなっている。スケッチ的な、あるいは一筆書き的なプロットは減少し、物語は複合的な展開を見せる。奇をてらったような意味ありげなタイトルや、突き放すようなトリッキーな結末が姿を消し、シンプルで直截なものになる。そして内容的には初期の荒涼とした絶望、出口の見えない閉塞状態ばかりでなく、ひとかけらの希望が見えるようになる。初期の短篇が舌に突き刺さるキチキチに冷えたウォッカだとしたら、書の作品は芳醇な香りのワインのようだ。 カーヴァーの文体はとにかく素晴らしく、切れ味とスピード感こそ初期のミニマリスム・スタイルに一

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  • 『愛について語るときに我々の語ること』 レイモンド・カーヴァー - アブソリュート・エゴ・レビュー

    『愛について語るときに我々の語ること』 レイモンド・カーヴァー   ☆☆☆☆★ レイモンド・カーヴァーの短編集を再読。これはアメリカでは三冊目のオリジナル短編集で、私が持っている中央公論社の「THE COMPLETE WORKS OF RAYMOND CARVER」シリーズでは『たのむから静かにしてくれ』に続く第二巻ということになる。もちろん訳は村上春樹。まだミニマリスム色が強く、ぎりぎりまで肉を削ぎ落として読者を突き放すような終わり方をしていた頃だ。このあとの『大聖堂』ではもっと息が長い豊穣な語りに移行していき、そちらの方がカーヴァーの絶頂期と言われているわけだが、書もこれはこれで非常に完成度が高く、魅力的な作品集であることは言うまでもない。 短く切り詰められているだけでなく、救いようのない荒涼とした短篇が多いのも特徴である。無駄を削ぎ落としたスタイルとあいまって残酷さが強く印象づけら

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  • 「刑事コロンボ」のブログ記事一覧-アブソリュート・エゴ・レビュー

    『黄金のバックル』 ☆☆★ 今年もついに大晦日となりました。私も昨日まで仕事に忙殺されていましたが、なんとか一区切りつき、今日は心静かに過ごしたいと思います。皆様も、良いお年をお迎え下さい。 ~ ~ ~ ~ 刑事コロンボ39番目のエピソード、『黄金のバックル』。今回は同族経営の美術館における殺人で、犯人は女性館長、被害者はその弟である理事と警備員。美術館は財政難から維持が難しくなり、理 . . . 文を読む

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  • バーデン・バーデンの夏 - アブソリュート・エゴ・レビュー

    『バーデン・バーデンの夏』 レオニード・ツィプキン   ☆☆☆☆☆ うーむ、これは相当に独創的な小説である、内容的にも手法的にも。読み始めてから「なんじゃこりゃ」と思い、読み終えてから「へえー」と唸る。このツィプキンという人は医者で、職業作家ではなかったらしい。この小説を発掘したスーザン・ソンタグによれば、「自分の文学作品が活字になったところは一度も目にしたことがない」のである。彼はまったく発表するあてもなく、ただ原稿を書いては机の中にしまっていた。それで出来上がったのが箸にも棒にもかからないシロモノだったらただの変な人だが、こんな小説ができてしまうのだから凄い。これを発掘したスーザン・ソンタグのエッセーも巻末に収録されているが、彼女はこの作品を激賞している。 ドストエフスキー夫の旅と人生がテーマだが、ユニークなのはまず小説の構造である。語り手の「私」は汽車で旅をしており、そのつれづれに

    バーデン・バーデンの夏 - アブソリュート・エゴ・レビュー
    inmymemory
    inmymemory 2009/04/18
    改行で時空を飛ばすのは筒井康隆やコルタサルもよくやるし、マルケスは改行もしないで話をどんどん脱線させていくが、ツィプキンはなんと無関係なエピソードを句読点もなしに、ダッシュ(―)でつないでいくのである
  • 血液と石鹸 - アブソリュート・エゴ・レビュー

    『血液と石鹸』 リン・ディン   ☆☆☆☆★ いわゆるアンリアリズム系の奇想作家みたいな紹介文に惹かれて購入した短編集。アメリカ移住したベトナム人作家だそうだ。12歳の時に偽名を使ってアメリカに渡り、ペンキ職人や清掃人など職を点々とする傍ら詩や散文を書き、現在では高い評価を得るに至る。謝辞を読むと国際作家議会の招きでイタリアに滞在したりもしている。すごい人だ。これを才能の一言で片付けてはいけない。人間がんばれば道が開けるのである。 奇想作家の短篇集というのは結構リスキーで、素晴らしい作品に出会えることもあれば陳腐なアイデアSFみたいなシロモノにぶつかる場合もある。この『血液と石鹸』は個人的には久々の大当たりだった。「個人的には」と注釈をつけるのはかなり読者を選ぶと思われるからだ。プロットや物語や共感できるキャラクターを求める人は苦手だろう。詩人としても評価されているだけあって、非常に散文

    血液と石鹸 - アブソリュート・エゴ・レビュー
    inmymemory
    inmymemory 2009/04/18
    とてもスピーディーでリズミカル、オフビートなユーモアがあり、読んでいて快感。やはり詩人であるマーク・ストランドの短篇に良く似ている。どことなく不真面目で投げやりな感じはドナルド・バーセルミにも似ている
  • カーテン―7部構成の小説論 - アブソリュート・エゴ・レビュー

    『カーテン―7部構成の小説論』 ミラン・クンデラ   ☆☆☆☆☆ ミラン・クンデラは大好きな作家で、翻訳されているものはすべて読んでいる。書は小説でなく評論集だが、Amazonで発見してあわてて入手、むさぼるように読了した。 クンデラの評論というと他に『小説の精神』『裏切られた遺言』があるが、もともとこの人の小説は「小説的思考」のせめぎあう場であり、ストーリーの中でエッセーや考察がどんどん展開されるので、そういう意味では評論でも小説とほとんど同じ愉しみを味わえる。普通に物語作家のように、小説と評論(エッセー)が明確に分かれていないのだ。特に『裏切られた遺言』はカフカの遺言を全体を貫くモチーフとしていて、読み通すと長編小説を読んだ時と同種の感動を味わえるという、とても小説的な傑作評論集であった。 書でもそのスタイルは引き継がれている。音楽のように反復されるいくつかのモチーフ、お得意の7部

    カーテン―7部構成の小説論 - アブソリュート・エゴ・レビュー
    inmymemory
    inmymemory 2009/03/16
    セルバンテス『ドン・キホーテ』、カフカ『城』、トルストイ『アンナ・カレーニナ』、フローベール『ボヴァリー夫人』、ガルシア・マルケス『百年の孤独』(「もっとも偉大な詩作品の一つ」)、フエンテス、大江健三郎
  • アフリカの印象 - アブソリュート・エゴ・レビュー

    アフリカの印象』 レーモン・ルーセル   ☆☆☆☆☆ 奇書、という言葉のイメージをあますところなく体現した驚異の書物である。 構成は大きく二部構成に別れている。前半ではアフリカのポニュケレ国にいる「私」達が見聞きする、驚くべき超自然的光景、オブジェの数々がひたすら列挙される。その文章がいかにも冷静で、淡々としていて、機械的で、微に入り細を穿つほど詳細なのも異様な感じがする。そして第二部では、第一部で何の説明もないままに列挙された驚愕的光景の数々の背景、経緯が、これまた淡々と機械的に詳細に報告されていく。 驚愕的光景とは何かというと、例えば次のようなものだ。 ● 仔牛の肺臓でできたレールの上を走る、鯨の髭だけで作られた見事な彫像。 ● 女達が猛烈なゲップをしながら優美に踊る宗教的儀式。 ● 水銀のように重い水を使ってチターを演奏する大ミミズ。 ● 大きな口の四つの部分が別々に歌うことにより

    アフリカの印象 - アブソリュート・エゴ・レビュー
    inmymemory
    inmymemory 2009/03/16
    "陳列型小説=ルーセル「アフリカの印象」「ロクス・ソルス」、カルヴィーノ「見えない都市」、アントニオ・タブッキ「夢の中の夢」、アラン・ライトマン「アインシュタインの夢」。ルーセルの虚構性は群を抜いてる"
  • 『フランス短篇傑作選』 山田稔編訳 - アブソリュート・エゴ・レビュー

    『フランス短篇傑作選』 山田稔編訳   ☆☆☆☆☆ 再読。随分昔に買った岩波文庫だが、とてもいい短篇集なので時々引っ張り出しては読んでいる。収録されている作家はリラダン、シュオッブ、プルースト、デュラス、シュペルヴィエルなどめまいがするほどの超豪華メンバー。収録作品は以下の通り。 「ヴェラ」ヴィリエ・ド・リラダン 「幼年時代―『わが友の書より』」アナトール・フランス 「親切な恋人」アルフォンス・アレー 「ある歯科医の話」マルセル・シュオッブ 「ある少女の告白」マルセル・プルースト 「アリス」シャルル=ルイ・フィリップ 「オノレ・シュブラックの失踪」ギョーム・アポリネール 「ローズ・ルルダン」ヴァレリー・ラルボー 「バイオリンの声をした娘」ジュール・シュペルヴィエル 「タナトス・パレス・ホテル」アンドレ・モーロワ 「クリスチーヌ」ジュリヤン・グリーン 「結婚相談所」エルヴェ・バザン 「大佐

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  • フランス幻想小説傑作集 - アブソリュート・エゴ・レビュー

    『フランス幻想小説傑作集』 窪田般弥・滝田文彦 編   ☆☆☆☆☆ 昨日読了。フランス人作家のアンソロジーとしては他に『フランス短篇傑作選』、『怪奇小説傑作集4』(澁澤龍彦・青柳瑞穂訳)を持っているが、どれもはずれがない。内容的にはなんとなく似たような感じではあるが、良いものは良い。書も当にレベルが高い。 今『独逸怪奇小説集成』というのもボチボチ読んでいて、これも幻想的な短篇アンソロジーということで似ているが、国民性の違いというものが感じられて面白い。誰かが解説に書いていたが、フランスの短篇、特に幻想的な短篇というのは散文詩に接近する傾向があって、非常にポエティックだ。そして重くならずにどこか軽さがある。もちろん例外はあるが。 書のラインアップは以下の通り。錚々たるメンバーだ。 『州民一同によって証言された不可解な事件』 D=A=F・ド・サド 『不老長寿の霊薬』 オノレ・ド・バルザッ

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  • 怪奇小説傑作集4 - アブソリュート・エゴ・レビュー

    『怪奇小説傑作集4』 澁澤龍彦、青柳瑞穂訳   ☆☆☆☆ 創元社の怪奇小説傑作集4巻目、フランス篇である。編者が澁澤龍彦なので以前からこれだけ持っていたが、イギリス篇の『怪奇小説傑作集1』を読んだので再読してみた。イギリス篇とは大分異なり、怪談というより幻想譚という方がふさわしい短篇が多い。 非常に豪華なラインナップで、サド、ノディエ、メリメ、ネルヴァル、モーパッサン、シュオッブ、アポリネールと純文学畑のビッグネームが多い。そういう意味では『怪奇小説傑作集1』より『日怪奇小説傑作集1 』に近い印象を持った。澁澤龍彦自身、解説で「あまりに純文学的にすぎて、エンタテインメントとしては物足りないと感ずる向きもあろうかと思う」といいながらも、「どれ一つとして、粒選りの名作でないものはない」と太鼓判を押している。澁澤ワールドに惹かれる人にはやはり必読の書ということになるだろう。 色んなタイプの短篇

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  • レベッカ - アブソリュート・エゴ・レビュー

    『レベッカ(上・下)』 ダフネ・デュ・モーリア   ☆☆☆☆☆ ヒッチコックの映画化で有名なデュ・モーリアの『レベッカ』。最初に読んだのは中学か高校の頃だったと思うが、それ以来なぜか病みつきになり何度も読み返している。読んでしばらくするとまた読みたくなってくるのだ。 最初に読んだ時はまったく予備知識なしに読み始め、冒頭を読んでこれは恋愛心理小説だなと思った。劣等感のカタマリのようなヒロインが思いがけず上流階級の仲間入りをし、ほとんど完璧な貴婦人であったらしい前レベッカの影に引け目を感じつつ、夫の愛情を得ようと涙ぐましい努力をする。ミステリばかり読んでいた子供にとってこのゆったりした展開、女性心理の機微の細かい描写は退屈で、途中まで読むのに随分と時間がかかった。ところが後半に入って意外な展開になり、ようやくこの小説がただの恋愛小説でないことに気づいた。そこからの面白さはハンパじゃなく、最後

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  • 長いお別れ - アブソリュート・エゴ・レビュー

    『長いお別れ』 レイモンド・チャンドラー   ☆☆☆☆★ 高校生か大学生の頃に読んでそれきりだったので再読。当時は格ミステリ・ファンだったのであまり印象に残らなかったが、今読むとメチャメチャ沁みる。格ものには真似のできない芳醇さである。やはりチャンドラーは良い。 フィリップ・マーロウの名前を知らない人はあまりいないと思うが、例の「タフでなければ生きていけない、優しくなければ生きている価値がない」のセリフで有名な探偵である。独身、四十代、一匹狼、大して金はないが誰にも媚びずに生きている男。 読めば分かるが、フィリップ・マーロウというのは男の理想形と言っていい。どこがどうそうなのか説明は難しいが、そうなのだ。昔読んだ何かのに、もっとハンサムな探偵もいる、もっと腕っ節の強い探偵もいる、もっと推理力のある探偵に至っては大勢いる、にもかかわらずフィリップ・マーロウはミステリを読む女性にとって永

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  • 巫女 - アブソリュート・エゴ・レビュー

    『巫女』 ラーゲルクヴィスト   ☆☆☆☆☆ ラーゲルクヴィストという作家のを初めて読んだ。これもくろにゃんこさんのブログ記事を読んで興味をひかれた作家である。スウェーデンの作家でノーベル賞も取ったらしい。この人の作品タイトルを並べると『バラバ』『巫女』『刑吏』『こびと』『アハスヴェルスの死』など、キリスト教の香りが濃厚に漂ってくる。こういうのが決して嫌いではない私は、期待に胸を膨らませて『巫女』を読み始めた。結果、期待を裏切らない大傑作であった。 傑作だなんだと言う前に、まずすべてが私好みなのであった。文体は簡潔、物語は輪郭がくっきりしたプロットを持ち、構成はシンプル、謎とメタフィジクスがあり、ここぞというところで幻想的なエピソードが現れ、しかも人間的なドラマと葛藤がある。長すぎないのも良い。ついでに、ラーゲルクヴィストという名前も荘厳で良い。 メタフィジクスと言ったが、別に「人生いか

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  • 月と六ペンス - アブソリュート・エゴ・レビュー

    『月と六ペンス』 サマセット・モーム   ☆☆☆☆☆ 私は昔からこの小説が好きで、何度も再読している。モームという作家は大衆小説的だというような批判をされる人だが、この小説はその読みやすさ、ストーリーテラーの資質が文学的なテーマとうまいこと溶け合った傑作だと思う。 ストリクランドという画家の物語である。モームの分身である若手作家の視点で話は進んでいく。ストリクランドは40過ぎまで株式仲買人で、奥さんと子供がいるごく平凡な男だったが、ある日突然家出をしてパリに行く。みんなは女が出来て駆け落ちしたのだろうと考える。「私」が頼まれて連れ戻しに行くと、ストリクランドはボロボロのホテルに一人でいて、絵が描きたいから家庭を捨てたという。「私」は唖然として、奥さんや子供はどうなるとか、これまでの人生を棒に振ってもいいのかとか色々言うが、彼はまったく動じない。ストリクランドは極貧の中で絵を描き続け、やがて

    月と六ペンス - アブソリュート・エゴ・レビュー
  • これから話す物語 - アブソリュート・エゴ・レビュー

    『これから話す物語』 セース・ノーテボーム   ☆☆☆☆☆ もう何度も読んでいるだが、また読みたくなって再読。内容がいいのはもちろんだが長さも手ごろなので、絶好の再読である。 まず、発想と小説的仕掛けの見事さにしびれる。主人公ミュセルトが目を覚ますと、昨日までアムステルダムにいたはずなのにリスボンのホテルに寝ている。果たして自分は生きているのか、死んでいるのか。ここから始まるミステリアスで愉悦的でしかも切ない物語は、やがて生と死の狭間の物語であることが分かってくる。なんとこれは、人が生から死へと移行するたった二秒間の物語なのである。 物語は二部構成になっているが、第一部が最初の一秒、そして第二部が二秒目だというから唸ってしまう。作者によれば一秒目は追憶に、二秒目はある存在の状態から別な状態へと移るときに必要な心の操作にあてられる、そうだ。物語の内容としては、第一部ではわりととりとめのな

    これから話す物語 - アブソリュート・エゴ・レビュー
    inmymemory
    inmymemory 2009/03/16
    "作者は「すべての大著の中には、そこから抜け出すのを待っている小さな本があると思わないか」とウンベルト・エーコに言ったそうだが、この本自身がまさにその最良の見本である"