ブックマーク / note.com/syosin_kai (9)

  • 絶対悪との戦い ─ゲームと、ゲームセンターへのイメージの変化の歴史─|初心カイ

    0.はじめに ゲームマニアの中でそこそこ知られているインタビューがあります。コナミの創業者、上月会長が答えたものなのですが。 「(ゲームの)イメージが良くなく子供にも自分の職業が言えなかった」。上月は99年、創業当時を振り返ってこう語っている。 このインタビューを元にして「コナミの社長はゲーム嫌いだったのだ」という風説が流れたことがあります。これはまるきりの大間違いで、詳しくは平和的なブログさんで解説されている通りであるんですが(そもそも上記の日経さんの記事は、事実誤認がやけにおおくて信憑性があまり高くなく……)、ちょっと皆さんに聞きたいことがあります。 「コナミの創業したころや、その少し後のゲームに対する一般人のイメージって、どんなのだったか想像がつきますか?」 コナミの創業は1969年です。おそらくこの記事をお読み頂いてる多数の方が生まれる前の話だと思います。記事はそのあたりのゲーム

    絶対悪との戦い ─ゲームと、ゲームセンターへのイメージの変化の歴史─|初心カイ
    k-takahashi
    k-takahashi 2023/08/16
    実際70年代の世間のイメージでは「ゲーム」=「賭博」だった。これはテレビゲームに限らずゲーム全般がそういう扱いで、麻雀や花札は言うに及ばず。例外は人生ゲームとオセロぐらいだった
  • 初心会ってヤクザなのか? → いや、そうではないのです ─テキヤと私たちの見えない関係─|初心カイ

    【注意】この記事は筆者の誤解と思い込みが入って一部考証がおかしなところがあります。補足版を確認ください。 0.前振り 1996年、任天堂は自身の取引先問屋集団、初心会を一度編成しました。 ゲームをあまり扱っていない取引先の問屋に抜けてもらい、ゲーム中心の組織へと新たに再編しました。とはいえゲーム戦争まっただ中の1996年の出来事ですから、これはちょっと遅すぎる構造改革で、あまり意味がありませんでした。結果、1997年の初心会解散へと繋がっていきます。 そのためあまり私はこの改革を深掘りしていないのですが、いくつかの資料でこの時、初心会の名称が「新・初心会」になった、という説や「一心会」になった、という説がちらちら見え隠れします。こうした名称の不安定さはまさしく当人たちの立場が透けて見えるようにえます。 ところでこう思いませんでしたか? なんでこう、初心会といい、一心会といい、ヤクザっぽい

    初心会ってヤクザなのか? → いや、そうではないのです ─テキヤと私たちの見えない関係─|初心カイ
    k-takahashi
    k-takahashi 2023/06/11
    “一般社会とは少し違うずれた集団倫理での構成。彼らは玩具問屋となっていき、横の繋がりで親睦会を新たに結成していきます。それが初心会であり、その前身であるダイヤ会”
  • 「ゲームの歴史」を読みました / PS1に任天堂のDNAは宿っているのか?|初心カイ

    岩崎夏海氏・稲田豊史氏共著の「ゲーム歴史」1-3巻を読みました。 このは「ゲーム歴史」を謳っていますが、歴史教科書的に事実の羅列で済ますのではなく、ある程度出来事とそのリアクションを掘り下げ、そこから自身の主張を搦めて一つの大きな物語を紡ぐ読み物になっています。いうなれば私の書いている記事の、もっともっと先をいった進化版のようなものです(プロの作家さんは当に凄まじいですね)。 その上でその絡めた主張というのもなかなか面白く、「ゲームの根はハッキングである」という主張には目からうろこでした。なるほど、来の用途とは別方向のアプローチをしかけることがそもそものゲーム(=ハッキング)なのだ、という主張はゲーム歴史を覆って面白い物語に仕立てるのに相応しい、とても素晴らしいアイデアだと思います。(2023/2/9追記 そもそもゲームはコンピューターの来の用途の内に入っておりハッキングで

    「ゲームの歴史」を読みました / PS1に任天堂のDNAは宿っているのか?|初心カイ
    k-takahashi
    k-takahashi 2023/01/05
    『そもそも「枯れた技術の水平思考」は横井軍平氏の理念であって、任天堂の理念ではないんです』 だよね。N64やGCは必死に最先端おっかけてた
  • 特別編 ファミコンカセットのライセンスの歴史を調べていったらおかしなことに気がついた|初心カイ

    こんな形であったりします。自社生産も委託生産も、ユーザー側からしたら「カセットの形状がちょっとだけ変わってる」くらいの意味合いしか持ちません。 しかしメーカー側には重大な違いがあります。委託生産の場合、任天堂が製造する都合、任天堂がどれだけ生産するか決めることができます。 「どうして任天堂が委託する生産量を制限する必要があるんだ?」と思われるかも知れませんが、任天堂が認定したROM工場は多くはなく、毎月百万単位のROMがその少ない工場内で振り分けられ作られていました。もし、複数のソフト会社の大作がぶつかった場合、その製造ラインのほとんどをそれらに奪われ、その他の中小への割り当てが少なくなってしまうのです。その割り当てを決める権利は任天堂にありました。 またナムコvs任天堂でも解説したとおり、任天堂への委託生産の場合は任天堂から厳しい表現チェックが入ります。直接的な残酷表現、性表現、宗教表現

    特別編 ファミコンカセットのライセンスの歴史を調べていったらおかしなことに気がついた|初心カイ
    k-takahashi
    k-takahashi 2022/11/26
    『最初から「カセットの製造不良」なんて起きていなくて、任天堂が旨味の大きな委託生産しか認めない方便として使われた可能性』「アタリショック」を支配強化の口実に使ったのと同様かねえ
  • 3DO -誕生から崩壊へ至るまでのクロニクル- 中編|初心カイ

    3DO REALの誕生 話が前後するが、1993年1月、北米最大の見市コンシューマ・エレクトロニック・ショーにて松下が提供する世界初の3DO規格プレイヤー、「3DO REAL」がお披露目された。そのデモで示された性能は当時のライバル、SNESとGENESISを凌駕し、GENESISのアップグレード機器SEGA CDをも上回っていた。 ただしこの段階ではあくまでAT&Tのモデムやセットトップボックスユニットというのは構想の一つ程度のものでしかなく、具体的なプランは上がってきていない。それにワーナーやMCAが期待していたビデオCDへの標準対応も見送られた。3DOの性能は高いものではあったが、そのビデオチップが肝心要のビデオCDのコーデックMpeg1に非対応だった。これはおそらくMpeg1にまで対応してしまうと、ただでさえ高性能で高コストな3DO体が、さらに高くならざるを得ない事情があったた

    3DO -誕生から崩壊へ至るまでのクロニクル- 中編|初心カイ
    k-takahashi
    k-takahashi 2022/10/18
    『5000本の買取保証策の他、自社でソフトメーカーのタイトルをIPごとそのまま買い取る施策も打ち出した。この場合は開発費の半分を松下が補填』 感触的には、もっとお金が流れていた印象
  • 3DO -誕生から崩壊へ至るまでのクロニクル- 前編|初心カイ

    はじめに ――3DO この言葉に反応できる者はオッサンゲーマーだろう。20代以下の若者は一度も聞いたことがないかもしれない。しかし、反応できるオッサンゲーマーでも正確に3DOがなんなのか、把握している者はさほど多くはないのではないか? 「ゲームに関わったことがない松下が、適当に出して大失敗したゲームハードだろ?」 くらいの理解でいる方が多いのではないだろうか。実はこの理解はいろいろと事実誤認を含んでいる。 実はこのハードを作るにあたって、多数のゲーマーと、ゲームゲーム業界に詳しい人らが幾人も深く深く関わっている。そもそもの規格提唱者はゲーム業界に大きな影響を及ぼしたレジェンドなのである。そして松下自身もゲーム業界に以前から深く関わっていて、さらにいうならば3DOはゲームハードではない。 この奇妙奇天烈なハードについて解説を行うにあたり少しばかり時間を頂きたい。このハードが生まれ、そして敗

    3DO -誕生から崩壊へ至るまでのクロニクル- 前編|初心カイ
    k-takahashi
    k-takahashi 2022/09/10
     3DO立ち上げ期のまとめ。ホーキンスが当時抱いていた不満は、パソコン雑誌とかに結構出ていたと思う
  • 巨大電機メーカーの意地 -NECが歩んだゲームと半導体の軌跡-|初心カイ

    NECと聞いても若い人は何の会社かわからないだろうが、オッサンゲーマーならPC98や、PCエンジンが思い浮かぶことだろう。 NECは正式名称を日電気株式会社といい、実は日を代表する大手電機メーカーだ。かつては家電も作っていたこともあり、冷蔵庫やエアコン、テレビなども独自ブランドで作っていた。 NECの一般的な認知度を急上昇させたのがパソコンだ。PC8000シリーズは大ヒットし、その後継機であるPC98シリーズは当時の16bitパソコンのシェア9割というトンデモナイ数字を叩き出している。そして世界半導体売上は世界一位。1980年代はあの巨人インテル(インテル入ってるの広告でおなじみの、パソコンCPUシェア7.5割の化け物企業)よりも売上が上だった。 そんなかつての巨大電機メーカーが、如何にしてゲーム業界と関わっていったか、その歴史の一端を解説しよう。 NECゲームに関わったのは相応に古

    巨大電機メーカーの意地 -NECが歩んだゲームと半導体の軌跡-|初心カイ
    k-takahashi
    k-takahashi 2022/05/14
    『そんなルネサスであるが、2021年現在好調といえる状況にいる』 ゲーム側からみたNEC(ルネサス)の半導体ビジネス史
  • 過去のゲーム業界を語る難しさについて|初心カイ

    少しばかり思うことがあったので少々。 某所にていざこざがあったのですが、こういった昔のゲームの出来事を調べていて当に難しいと思うのは「何が当なのか、互いの書いてあることが矛盾していてわからない」ということです。 原因の一つとしてはそのを書いてる著者が、ジャーナリストとして経験を積んだ一流の人材であったとしても、ゲームに関して、ゲーム業界に関してそもそも無知であるため、根を理解しておらずとんちんかんな解説になってしまいがち、というものがあります(特にゲーム機のハードウェア的解説になると、一気にその素人っぷりが露呈します)。 そのため「業界人の語った内容が当に真実であるか、保証できない」ということがこの業界には往々にしてあります。 例を挙げますと、「ゲーム大国ニッポン 神々の興亡」というがあります。これは各クリエイターやゲーム会社社長に直接インタビューを行い、この業界の背後で何が起

    過去のゲーム業界を語る難しさについて|初心カイ
    k-takahashi
    k-takahashi 2022/04/04
    『当事者がインタビューでそう応えているとしても、それが真実だとは限らない』 別にゲームに限らない。歴史全般の話。だからって何も言わないわけにはいかないわけで。
  • 歴史に名を刻め セガ サターン流通改革の裏事情 -前編-|初心カイ

    その偉大なる挑戦者の名は セガ かつて巨人任天堂や、超新星ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)に立ち向かい戦ったものの名である。 その歴史には数々の敗北が刻まれているが、セガはそれを決して恥じることなく自社ホームページ内に掲げている。 そんなセガのホームページ内にこのような記述がある。セガハードヒストリー内、第五回セガサターンの項目だ。 https://sega.jp/history/hard/column/column_05.html 「セガは、CD-ROMによるゲームソフトの製造コストダウンとあわせ、流通コストを下げることを狙って『セガ・ユナイテッド』を設立。ゲームソフト流通にも格的に参入し、『メガドライブ』後期には8,000円近くにまで上昇していたソフトの価格を下げるべく動きます。」 たった一文。これだけの記述の背景には、セガの、ゲーム業界の巨人任天堂に挑んだ熱意と、新

    歴史に名を刻め セガ サターン流通改革の裏事情 -前編-|初心カイ
    k-takahashi
    k-takahashi 2021/10/06
    セガ視点からの1994年頃の流通改革事情解説。多少「?」な部分もあるけど、当事者視点ということで
  • 1