鶴見祐輔在籍当時の東京帝大弁論部では、屡々閑孤(かんこ)演説というのをやった。 字面が示すそのままに、極めて少人数を対象とした演説である。 しかしながら会場は普段同様、講堂を――ゆうに千人でも収容可能な広間を使う。 聴衆役は空間を贅沢に使用して、決してひとかたまりにはならず、ぽつりぽつりと点在するよう着座する。これは群集心理の発生を大いに妨げ、演者に窒息に等しい苦しみを与える。 このあたりの消息は、松波仁一郎に於いて詳しい。鶴見と同じく「官吏畑」と通称された東京帝大法科大学出身で、やはり弁論部に属し、部長としての経歴すら持つ彼の著書から引用しよう。 数千数百の聴衆満堂溢るる時の演説も六ヶ敷いが、而も心に張りを生ずるから思ふよりも容易だ、群がる大衆を前に意気軒高、闘志盛んに湧出するから、弁自ら生気を潮来し弁舌は自然滔々となる。然るに之に反し数千の大衆を入るる大会堂、聴く者僅かに十人といふとき