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  • 文豪の身内 : 書迷博客

    2007年09月04日00:00 カテゴリよんだほん 文豪の身内 「文豪の身内」の書いたが好きで、見かけるたびに買っていたのは、日にいたころのこと。 つまり教科書にでも作品の載るような作家や詩人の、息子、娘、さらには孫、まれに愛人が家庭人としての文豪の様子を書いたである。 それらはみなそれぞれに面白いが、図抜けていたのは森鴎外の身内ので、森茉莉、森類、森於菟がそれぞれに、よき家庭人、よき父としての鴎外を描いている。 文豪の身内であることによって、迷惑を蒙る場合もあって、萩原葉子は朔太郎の娘であったばっかりに、学校の作文の宿題で困ったというし、漱石の孫にあたる夏目房之介も文豪の身内であることの重苦しさを書いていた(なにしろ祖父の顔が紙幣になって日中に流通しているのである)。 斎藤由香『窓際OL トホホな朝ウフフの夜』(新潮文庫)を読んだ。 週刊新潮に連載されていたときに、何回か読

  • 舌先がおぼえている : 書迷博客

    2007年08月15日00:00 カテゴリきおく 舌先がおぼえている 「イチゴの上から牛乳をそそぎ、スプーンの腹でつぶしてからべる人がいる。イチゴの味のしみた牛乳を最後に飲む。 見た目は悪いがとてもおいしいそうだ。 私はやったことがない。」 と、「桜桃とヨーグルト」で書きました。 このべ方を好む人は多いようで、『舌の記憶』(スイッチ・パブリッシング)の筒井ともみもその一人で、「ストロベリーな春」でその様子を思い出して書いている。 <夕後、苺を水で洗ったあとヘタを取るのは私の役目だった。子供の指は干し上に、私はバイオリンをやっていたので指先に力があり、おまけにヘタを取るというような単純作業になると俄然熱中するタイプなので、その役にはうってつけだった。皆の分のヘタを指先に力をこめて手早く取り去ってから皿に盛り、牛乳と生クリームと砂糖の入ったガラスの壷を一緒に卓袱台へ運んでいく。 いよいよ

    舌先がおぼえている : 書迷博客
  • すべておもいだす : 書迷博客

    2007年07月20日00:00 カテゴリきおく すべておもいだす ひょんなことからすっかり忘れていた昔のことをありありと思い出すことがある。 そのひょんなこととは、街中を歩いていてふと目にとまった映画の看板の女優のしぐさだったり、風にまかれ足元にまとわりついたスーパーマーケットのレジ袋だったり、ほんのささいなことである。ささいなところから今までただの一度も思い出したことのないことが、その前後のいきさつを含め、鮮明に思い出される。 眠っていた記憶が呼び醒まされる、ということは確かにある。 事故に遭って、もう駄目だ、死んでしまうと思ったとき、ほんの短い時間のうちに、過去のさまざまな思い出が次々と脳裏に蘇るという話はよく聞く。身近な人のなかにもそういう経験をした人はいて、海で泳いでいるうちに波にもっていかれて溺れたときに、幼い頃からの記憶が連続写真みたいに蘇ったと言っていた。 ただの一度だって

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  • ひきだしにしまう : 書迷博客

    2007年06月21日00:00 カテゴリきおく ひきだしにしまう 年のせいなのか、ものおぼえが悪くなり、ものわすれが激しくなった。 新しいことをおぼえられないのに、少し昔のことは忘れてしまうから、私の頭のなかにある記憶はどんどん減ってゆく。 そうやって人間の脳は中身を失ってすかすかになっていく。 いつだったか薬局の入口にボケ防止の薬なのでしょう、宣伝の貼紙がしてあって、「まだらボケ」と書いてあった。 すっかり恍惚の人とまではいかないけれど、ところどころにすがはいったような感じを表して、言いえて妙だと感じ入った。 こういう書き物を続けていると、ときどきイライラっとすることがある。 あれあれ、あれはどこかので読んだことがある。なんてだったっけ、いつ読んだんだったけ、誰が書いただったっけ。 いらいらする。 あるいはかつて読んだなのに、その内容をすっかり忘れてしまっていることなどは再三再

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  • 没問題!の問題 : 書迷博客

    2007年05月25日00:00 カテゴリことば 没問題!の問題 没問題! 広東語で「モウマンタイ」、北京語では「メイウェンティ」、「問題ない」の意味、大丈夫、大丈夫のこと。没問題、あるいは没有問題。 でも、中国で「没問題!」と言われたなら、それはいづれ問題が起こることの兆しと捕らえたほうがよく、「没問題(メイウェインティ)は有問題(ヨウウェンティ)」だと言う人もいる。 谷崎光『中国てなもんや商社』(文春文庫)は宴会の「乾杯!」のシーンで幕を開けるが、そのなかにも、 <午前中に検品したズボンは工場の縫製ミスでポケットに手が入らない。技術者に指摘したら「没問題(問題ない)」と言い捨てて、むりやり手を突っ込もうとする。 ビリッと音を立ててポケットの端が無惨に破けた。いつのまにか工場長や縫製スタッフも出てきて私をぐるりと取り囲み、大声で「没問題」を合唱する。>(P9) 中国仕事をしたことのある

  • 枇杷のはなし : 書迷博客

    2007年04月08日00:00 カテゴリびわ 枇杷のはなし 陳舜臣の短編小説「枇杷の木の下」(『崑崙の河』角川文庫所収)にこんな文章が出てくる。 <枇杷の木刀で強打されると、命にかかわるという話がある。私はある友人から、枇杷には青酸が強く含まれている、という講釈をきいたことがある。人家の庭に枇杷の木を植えるのはよくないという俗説の根拠も、そこにあるのだと説明された。>(P123) 私はそのいづれの説も初耳で、今はその真偽を確かめようもないが、それでも『草綱目』を見てみた。明の時代の書物だから、青酸云々について触れられてはもちろんいない。咳や鼻血などに効くとして、その服用法が載っているがそれよりもなによりも私の目にとまったのは、 「枇杷葉形似琵琶、故名」 という箇所で、枇杷は葉が琵琶に似ているところからその名がついたというのである。別の書物では、実が琵琶に似ているのがその名の由来だとあっ

  • 歯痛の文学誌(その9) : 書迷博客

    2007年03月14日00:00 カテゴリむしば 歯痛の文学誌(その9) 春秋時代の西施は中国の美人の代名詞である。 以下はよく知られた話。 陳舜臣『妖のある話』(中公文庫)の「西施」から引けば、 <(略)西施は、なよなよ型の美人の代表である。 ─西施捧心 といって、彼女はいつも自分の胸に手をあてていた。おそらく胸を病んでいたのであろう。その美は不健康のそれである。 ─顰に倣う。 という言葉もある。 西施はいつも眉をしかめていた。 ほかの女は、西施があんなに美しく見えるのは、そのポーズのせいであろうとおもって、胸に手をあて、しかめ面をするのが流行ったといわれる。>(P159) 悩ましいのである。 眉をひそめた面持ちが、憂いをひめて悩ましい。 ただ誰もが眉をひそめて美しいわけでなく、もともと美しい西施だから悩ましく、そうでない女の場合は顰蹙を買う。 眉をひそめるだけであれば誰にでもできそうだ

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  • 中華ソバと尊敬の気持ち : 書迷博客

    2007年02月26日00:00 カテゴリことば 中華ソバと尊敬の気持ち 森茉莉はある時期までインスタントラーメンべたことがなかったようで、『私の美の世界』(新潮文庫)の「ラアメンとお茶漬」でこう書いている。 <私はまだ、インスタント・ラアメンというものをたべたことがない。何うやって造えたものだか判らないし、又判ろうとも思わないが、あの透徹った袋の中に、生湿りの針金状になってとぐろを巻いている支那ソバの化けもの、>(P170) ここで森茉莉は段落を下げ、―(ダッシュ)のあとに続けて <私は支那を中華民国とは絶対言わないし(尊敬からである)、従って支那ソバを中華ソバとは言わないのである。私を何者だろうという顔で視ることによって恨み骨髄に達している、カアチャン、ネエチャン族が、(略)ソバ屋へ入ってくるや、「中華っ」と呼ばわるのをきくのが、私の最もきらいな、嘔吐を催すべき瞬間である。(略)>

    kanototori
    kanototori 2007/02/27
    iSpeechが「支那」を読み上げない
  • 忍ばず言問い : 書迷博客

    2007年02月19日00:00 カテゴリし 忍ばず言問い 白川静『漢字百話』(中公新書)に曰く、 <漢詩の訳においては、佐藤春夫に及ぶをみない。しかしその『古調自愛集』『車塵集』『玉笛譜』のゆたかな抒情は、原詩のものであるというよりも、むしろ原詩に触発された春夫自身のものであるように思われる。>(P231-232) として、白居易の「洛中春感」を引いている。 莫悲金谷園中月  月を勿泣きそ不忍に 莫歎天津春上春  春な歎きそ言問に 若學多情尋往事  あはれを知らば思ひ出の 人間何處不傷神  何處とわかつ涙かは 『佐藤春夫詩集』(旺文社文庫)は佐藤春夫の漢詩訳詩集『車塵集』と『玉笛譜』を抄録して、「洛中春感」も採られているが、少し言葉がちがっているので、参考までに引いておきます。 月をななきそ不忍に 春を歎きそ言問に あはれを知らば思ひ出の 何処とわかつ涙かは 原詩の訓読は以下のとおり 悲

  • オットーと呼ばれる日本人 : 書迷博客

    2007年02月14日00:00 カテゴリことば オットーと呼ばれる日人 白川静『中国の神話』(中公文庫)を斜め読みしていたら、途中でこういう文章にぶつかった。 <於兎は楚の語で虎を意味する。わが国で寅年生まれの人に於兎という名をつけることがあるのも、虎の異名であるからである。於兎はまた於択としるされることもあり、兎や択は楚の語で虎をあらわすのであろう。(略)>(P95) へえ、そうだったのかあ。 ひょっとするとあの人もかな。 私の知っている「於兎」といえばこの人しかおらず、森鴎外の長男、森於菟。 その森於菟の生まれた年を調べてみたら、明治二十三年。庚寅。 ピタリ、寅年だった。 さすが鴎外、わかっている。 鴎外の子供たちはそれぞれに父親の思い出をに書き残している。 そのどれを読んでも、鴎外が父親として子供たちを可愛がり、子供たちに愛されたことがよくわかる。 森於菟『父親としての森鴎外』

  • 片付かないキョウの問題 : 書迷博客

    2006年12月26日00:00 カテゴリはなしのつづき 片付かないキョウの問題 北京はかつて燕京と称したこともあって、その名前はビールのブランド名にも残っているが、これは「エンキョウ」と読むのか、「エンケイ」と読むのが正しいのか。 という話を「京」に書きました。 そのとき、東京も「トウケイ」と読み慣わした時期があることにも触れた。 安藤鶴夫『歳月』(講談社文芸文庫)の「江戸ッ子のくやしさ」にこんな話が出てくる。 <江戸から、東京という名にかわったとき、いったい、江戸ッ子と称するひとたちの気持ちは、どうだったろう、腹が立たなかったであろうか。>(P36) 江戸が東京と改称されたのが、慶応四年(1868)の七月。 昨日まで慣れ親しんだ江戸が東京なんて気取った名前にかわったのである。 <わたしは明治の末ッ子だが、子供の時分、寄席なんかで、講談師や、落語家(ルビ:はなしか)が、地方人、そのころの

  • タクシー運転手とアヘン戦争 : 書迷博客

    2006年12月05日00:00 カテゴリれきし タクシー運転手とアヘン戦争 車で一時間半ほどかかる場所へタクシーででかけた。 途中、運転手が私のことを日人だと知るや歴史の話を始めた。 困った。 歴史と言っても、話題は日中間の歴史のことで、私はそのあたりのことはよく知らないし、できれば車中は寝ていたいのに、お喋り好きな運転手はとまらない。そしてこんなことを言った。 「中国はイギリスとも戦争をしたが、犠牲者は日との戦争よりも少なかった」 イギリスとの戦争といえばアヘン戦争である。 日中戦争とアヘン戦争を同列に論じて、被害者の多寡を尺度にするのはどうかと思うが、私はアヘン戦争のことをよく知らない。 陳舜臣の『阿片戦争』(講談社文庫)を読んでいないし、同じ著者の『実録アヘン戦争』(中公文庫)は積ン読のまま。 その代わりに、陳舜臣のエッセイから引用してみます。 『蘭におもう』(徳間文庫)の「動

  • 象の旅 : 書迷博客

    2006年11月08日00:00 カテゴリどうぶつ しょくぶつ 象の旅 紫禁城で飼われていた象の話から横滑り。といっても、いつ筋に戻るのかは当人にもわかってはいないのだけれども。 紫禁城の象は安南国からの献上だったが、日でも同じように象が海を越えてやってきたことがある。いえいえネール首相が日の子供たちに送ってくれたインディラよりももっと昔の話。 石坂昌三『象の旅』(新潮社)によるとその象は、 <交趾国・広南の港(現在のベトナム・ホーチミン市)を出て、インドシナ半島から中国大陸に沿って北上し、一旦、寧波に寄港、順風を待って、一気に東支那海を横断して、長崎へ入る長い命懸けの冒険の帆船旅である。広南からは最短距離で二十日。風と潮流任せの旅は一か月はかかった。>(P13) と、長旅を経てやってきた。 時は享保十三年(一七二八)、徳川幕府八代将軍吉宗の時代である。 吉宗が象を見たいと言ったのだ

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  • 荷風の中国語 : 書迷博客

    2006年10月24日00:00 カテゴリことば 荷風の中国語 吉川幸次郎『漢文の話』(ちくま文庫)はこういう文章から始まっている。 <われわれの祖先は、漢文を愛した。ずっといつの時代でもそうであったわけではない。もっとも高潮したのは、江戸時代であって、伊藤仁斎、荻生徂徠など、第一流の大家を筆頭にして、ひろい範囲の武士また町人の、教養であった。 高潮は、明治の漱石、鴎外、露伴、藤村、花袋、啄木に及んでおり、大正と昭和では、荷風、芥川龍之介に、顕著である。>(P8) 漱石はイギリス留学、鴎外ならドイツ、芥川龍之介も英語英文学を専門にしたけれど、その一方で漢学の素養があって、江戸時代から続く漢学教養の系譜に連なっている。 永井荷風も同様で『ふらんす物語』や訳詩集『珊瑚集』で欧羅巴の印象が強いけれど、『断腸亭日乗』のなかにも漢籍を読んでいる記述がたいへん多い。 先の『漢文の話』によれば、 <荷風

  • 子供と西遊記 : 書迷博客

    2006年10月15日00:00 カテゴリほん 子供と西遊記 数ある西遊記のリライトのなかで、もっとも良心的で出来のよいのは岩波少年文庫の版になるものである、というようなことを中野美代子がどこかで書いていたように記憶する。 子供向けだといってバカにしてはいけない。子供向けだとタカをくくって作ったなどすぐにメッキがはがれる、底が割れる。子供向けのいいは、中途半端な大人向けのなどより余程に上等であることを、私たちは経験から知っている。 だから岩波少年文庫の『西遊記」をいつか読んでみなくてはいけないと思いながら、ついついやり過ごして今に至っても読んではいない。 筒井康隆は「仕事がらみのを除いたオール・タイム・ベスト」(『悪と異端者』中公文庫所収)で、子供のときから現在に到る愛読書を年代順に披瀝しているが、その最初の一冊が「西遊記」である。 <(略)生れて初めて読んだ「字ィばっかりの」は

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