この日の終値は、78800円でした。 兜町史上に残る大暴落劇は、ここから始まります。 3月31日から4月27日までの20日間連続のストップ安です。 ほとんどの日は、売り気配のままストップ安になり、出来高はありません。こんな日が、13日間もあります。6日間は、1万株台のストップ安の比例配分です。沈みつつあるタイタニック号に救命ボートは、一隻しかなかったのです。 すなわち、減益発表の後、株主は、売りたくても売るチャンスがまったくありません。(4月24日だけが例外で125万株の出来高がありました。) 4月28日、取引が正常に戻った時は、株価は19800円と4分の1になってしまいます。 その後も、低落を続け、現在の株価は、2000円台で、最高値の100分の1になりました。 重田の記者会見でついた嘘は、多くの人に大損害を与える犯罪ではないでしょうか? その上、重田個人は、光通信株の売り抜けを行って
横井英樹は、大正2年愛知県で生まれました。横井は太平洋戦争後、進駐軍に取り入り、ガチャマン景気に沸く繊維業や土地の値上がりで財産を築きました。彼が、全国的に有名になったのは、昭和28年のあの事件が発端でしょう。 最近閉店セールで話題となった東急日本橋店の前身は、江戸時代から続く日本橋の老舗百貨店の白木屋(飲み屋ではありませんよ。)です。 この年、名門白木屋の株が、蝶ネクタイ、白面の無名青年実業家・横井英樹氏に買い占められ、経営権を奪われそうになったのです。 会社側と横井英樹側は、過半数の株をめぐって熾烈な攻防戦を繰りひろげます。しかし、横井側もあと一歩及びません。高利で金を借りている横井は、土地を売却、次第に追い詰められていきます。 起死回生を狙い、横井は東急グループの総帥五島慶太の住む 上野毛に毎日通いつめ、散歩のお供をさせてもらいます。 努力と誠意が通じ、横井の持ち株は、全て五島に買い
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