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梅ジャムに関するmohnoのブックマーク (2)

  • 『だがしかし』の「梅ジャム」回が無料公開に 製造終了しても「私達にできるのは変わらず梅ジャムを愛し続けるってこと」

    梅の花舗の駄菓子「梅ジャム」が2017年12月をもって製造終了していた事実を受け(関連記事)、駄菓子漫画『だがしかし』(コトヤマ)の梅ジャムを扱った回をWeb漫画サイト「サンデーうぇぶり」(小学館)が無料公開しました。 梅ジャムは1947年に高林博文さんが開発した、梅肉に砂糖やでんぷん、小麦などを加えて煮詰めたペースト状の駄菓子。70年に渡って高林さんが1人で作り続けていましたが、87歳で体力の限界を感じたことなどを理由に年末に引退へ。2018年1月25日に製造終了のニュースが報じられるや悲しみの声が広がり、Twitterではトレンドワード1位に「梅ジャム」が入りました。 無料公開された『だがしかし』第46かし「梅ジャム」(公開ページ)(C)コトヤマ/小学館 無料公開された『だがしかし』の第46かしは、駄菓子マニアの社長令嬢・枝垂ほたるが「梅ジャムの後継者になる旅に出る」と言い出す話。梅

    『だがしかし』の「梅ジャム」回が無料公開に 製造終了しても「私達にできるのは変わらず梅ジャムを愛し続けるってこと」
    mohno
    mohno 2018/01/26
    「今から2年以上前に描かれた話ですが、まるで今回の件を予見していたかのようだ」 #だがしかし
  • 梅ジャム一筋66年!家族を支えてきた「命」です|【Tech総研】

    「14歳で終戦を迎えて、疎開先の富山から東京の荒川区に戻りました。とにかくわなければいけないわけです。15歳で千葉の浦安まで自転車で行って魚を仕入れ、みかん箱の上に置いて売りました」 梅の花舗社長の高林博文氏は当時を振り返る。ただ、鑑札(営業の許可証)はなかったので、地元のテキヤがやってきた。「ショバ代払ったのか?」と睨まれ、木箱を蹴られ、革で額を割られた。高林少年は散らばったイワシを拾い集めて帰宅。水道水で傷口を洗っていると、父親が心配そうに声を掛けてきたが、理由は言わなかった。 「心配は掛けたくなかった。言えないですよ」 その後、イワシは「訪問販売」にして、雷魚やさつまいも売るようになる。そんな中、父親の友人から「リンゴの粉がある」との言葉。高林氏はこの粉末を「麦こがし」(はったい粉)のように売れないかと考えた。売り先は紙芝居屋だ。 「当時はヒマができると、自転車に乗って周囲を探

    mohno
    mohno 2016/11/22
    「高林氏は82歳。まだまだ壮健だが、梅ジャムづくりの後継者はいない。というより、高林氏がつくらなかった」「フル稼動の時代でも、子どもたちに手伝いを頼まなかった」
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