栗原貞子が3月6日に亡くなっていたことを知りました。 私にとっては“ヒロシマの怒り”を代表する母親的な存在の方でした。 ご冥福を祈ります。 こわれたビルデングの 地下室の夜であった。 原子爆弾の負傷者達は ローソク一本ない暗い地下室を うずめていっぱいだった。 生ぐさい血の匂い、死臭、 汗くさい人いきれ、うめき声 その中から不思議な声が 聞こえて来た。 「赤ん坊が生まれる」 と云うのだ。 この地獄の底のような地下室で 今、若い女が 産気づいているのだ。 マッチ一本ないくらがりで どうしたらいいのだろう 人々は 自分の痛みを忘れて気づかった と、「私が産婆です、私が 生ませましょう」と云ったのは さっきまでうめいていた 重傷者だ。 かくてくらがりの地獄の底で 新しい生命は生まれた。 かくてあかつきを待たず 産婆は血まみれのまま死んだ。 生ましめんかな 生ましめんかな 己が命捨つとも… (栗原
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