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再考に関するmorutanのブックマーク (33)

  • ブログ|日々色々

    いろさんのブログテーマ、「ブログ」の記事一覧ページです。

    morutan
    morutan 2011/06/21
    重心ほかおもろい
  • 套路有害説

    当ホームページによる普及活動は、馬賢達老師が野上小達に紹介した、 中国国家文物委員会委員であり中日友好協会理事である常書鴻先生の指導・支持を受け、 日中両国の武術交流と東洋武術のレベル向上を目的とする啓蒙運動として行なっています。 日国において中国武術の修錬を目指す人は、日剣道・柔道により確立された学校体育文化教育制度(文部科学省)、警察逮捕職務執行制度(警察庁)などの運用に見られる社会性を学ぶべきであります。 霊活招法とは、動く対戦相手に対し、出門圏境(御身からの三尖相照戦術運用要訣による相手出尖との距離と時宜・調子)を捉え、無構歩法による突発的初動の速い発勁連続動作を用いた破法・開法・圏法の戦術をいう。 馬賢達、馬明達、馬穎達、馬令達の馬氏四兄弟老師により正式に確認された馬家武術の入室弟子にのみ許され、伝授された霊活招法であり、真正な入室弟子の証明となるものである。なお、歴代

  • 八極拳的収集資源

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    morutan 2011/06/11
    かなり詳しそう
  • みんなの鉄山靠 鉄山考:擠身靠

    当時感じたアレを伝えたいブログです。 2024.07 << 12345678910111213141516171819202122232425262728293031 >> 2024.09 ▶鉄山靠の分類 一口に鉄山靠といいましても、 接触するときに、 1.肩の前面を使うのか、2.肩の背面を使うの、3.背中を使うのかで、 大きく3つにわかれます。 これらの靠法に、それぞれ名前をつけている門派もあるほどですから、 1~3の靠法には、それなりに違いがあるということがわかると思います。 僕らの大好きな「鉄山靠」は、3番目。 「背面を相手にぶつける体当たり技」だと思われてます。 ただ、あれの真骨頂は「打・摔」、すなわち当て身と投げの融合にあります。 ▶投げ技と裏表の鉄山靠 鉄山靠は、 「手を変な風にふりあげてボカーンと背中で体当たり」するように見えますが、 「変な風にふり上げた」手は、相手の腕なり

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    morutan 2011/05/28
    当身投げとして利用+腕の防衛戦を越えられても肩口でいなす
  • 「我思う故に我有り」は微妙に誤訳なんじゃないか: 極東ブログ

    このエントリを書こうか書くまいかためらっているうるに、なんとなく書かなくなりそうな感じがして、それはそれでいいかなと思うものの、まあ少し気楽に書いてみるかな。おそくらほとんどの人にとってそれほど関心のないことだろうし、そういう話題を扱うのがこのブログだしな、と。さて、結論からいうと、「我思う故に我有り」は誤訳だとは断言しづらい。また、「思う」じゃなくて「考える」だとかそいうレベルの話でもない。 このことが気掛かりになっていたのは、先日の「極東ブログ: ウォーレン・バフェットのありがたいご託宣」(参照)で取り上げたコラムの標題"Buy American. I Am."をどう訳すかということだった。コメント欄でいろいろご示唆をいただいたけど、正直なところあまりピンと来なかった。来ない理由は、なんとなくこの英語の意味を、ちょっと変な言い方だけど、自分の英語処理脳でなんとなくわかっている部分があり

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    morutan 2010/09/05
    西田とあわせてもっかい考えよう >『「私」というのは「思考状態」を本質とする実体であり、その「思考状態」を支える「思考エンジン」がコモンセンス=良識=理性であり、それは神に由来する、ということではない
  • パイドロス ふたたび 考証編 - HPO機密日誌

    前回は、文に触れるだけの(!)時間がなかったので、非線形科学としてのギリシア哲学として、いかに古東先生が書いていらっしゃるかを考証したい。 パイドロス ふたたび - HPO:機密日誌 現代思想としてのギリシア哲学 (ちくま学芸文庫) 現代思想としてのギリシア哲学 (ちくま学芸文庫) 作者: 古東哲明出版社/メーカー: 筑摩書房発売日: 2005/04メディア: 文庫購入: 4人 クリック: 14回この商品を含むブログ (15件) を見る 始めの原動力は、「在ること」への驚愕だ。 この世があり、この生がある。その<在る>ということの凄さ・神秘の告知である。この地球という星があり、そこに人が生きてあり、森羅万象が在ることの<<在りえなさ>>の覚醒である。 それは、まさに世界がカオスの縁にいるという驚愕だ。 雲が飛び、波が打ち寄せ、人が波乗りをしているこの情景こそが自分の身近にある「カオスの縁

    パイドロス ふたたび 考証編 - HPO機密日誌
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    morutan 2009/11/17
    『その通時的ポリフォニー形成にさいし、選択肢となるのが、膨大な「身体図式」である。』
  • 勝間和代 vs 池田信夫

    勝間和代 @kazuyo_k 無事、国家戦略局からのプレゼンテーション、終了しました。ご協力のみなさま、ありがとうございました。プレゼン資料も含めて、内容もブログにアップしたいと思います。明日から採用、とはさすがにいきませんでしたが、政策として可能性があると、ご理解いただけました。 2009-11-05 20:45:56

    勝間和代 vs 池田信夫
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    morutan 2009/11/08
    若年雇用創出関連であとでまたみよかな
  • 長寿は幸福か? - HPO機密日誌

    「長生きが地球を滅ぼす」を読了した。ご紹介いただいたむっちゃんさんに感謝。 「長生き」が地球を滅ぼす ― 現代人の時間とエネルギー ― 作者:川 達雄発売日: 2006/01/20メディア: 単行 代謝量と寿命の問題が書かれていた。人間ではなく動物の場合の体の大きさと代謝量が3/4乗の関係にあることは、「生き物たちは3/4が好き」に出てきた。 d.hatena.ne.jp 生き物たちは3/4が好き 多様な生物界を支配する単純な法則 作者:John Whitfield発売日: 2009/01/29メディア: 単行 代謝量から考えると、ヒトは同じ大きさの動物が生存に必要なエネルギーの40倍を消費している。しかも、通常の代謝量から考えられる30年という寿命を大幅に超えて生きることを自分自身の環境を造りこむことで可能にした。 書は、ここから一歩も二歩も先に進め、ヒトの時間を丹念に考えている

    長寿は幸福か? - HPO機密日誌
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    morutan 2009/11/08
    この話はけっきょく文明と自然というか、人(ミーム)と遺伝子という話になるのかな。現代の日本人に当てはめるとそれは余暇(休日)の問題ともいえるわけで、独身も絡んできてこの辺おもろいですよ http://bit.ly/320ZEr
  • 急転直下、あるいは経済学は生物学に学ぶべきか? - HPO機密日誌

    株のあまりのもろさに驚いた。*1 マーケット:日経済新聞電子版の投資・金融コーナー より 決算基準日だからといって、日々の株式の値動きに心とらわれていはならない。より全体的な株式市場の流れは確かに景気の変動と相関関係にあるのは事実だろう。そして、長い目で見れば景気の変動の人口動態は関連があるといってもよいのではないだろうか? 以前から株式相場の変動を、個体群生態学の手法を使って予測できないかと考えていた。生物のエネルギーの流れと、市場経済における貨幣の流れは同じ原理−−−フラクタルであり、べき乗則−−−に従うのではないだろうか。 経済の質は物流か?情報流か?貨幣流か? - HPO:機密日誌 先日は、個体群生態学で使われるロジスティック式を使い世界と日の人口をフィットさせるこころみを行った。統計学的厳密さをもとめるべくもなく、それだけの技術ももう私にはないがある程度妥当性があるので

    急転直下、あるいは経済学は生物学に学ぶべきか? - HPO機密日誌
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    morutan 2009/04/03
    株式市場の動きはありさん運動的にシミュレートできるか?、的話
  • なぜコンピューターは2進法で、人間はそうでないのか - 小人さんの妄想

    なぜコンピューターは2進法を採用しているのでしょうか。 よく「2進法はONとOFFだけなので、実際に電気回路を作るのが簡単だから」という説明が為されています。 でも、電気にはプラスとマイナスがあるのだから、 プラス、マイナス、ゼロの3つを使った3進法の方が、ひょっとしたら効率的ってことはないですかね。 ※以下、最初の説明はいきなり2状態のランプを前提としてスタートします。 この考えは、2状態素子による電子回路での最適は何か、ということにはあてはまるのですが、 最初から3状態以上の素子があったとしたら、という疑問には答えていません。(1/5追記) 実は、2進法には数学的な根拠があります。 最も数少ない部品で数字を表すことができるのは「e進法=2.71828・・・進法」だからです。 「点灯するか、消灯するか」の2状態しかないランプを使って、数字を表すことを考えてみましょう。 例えば999までの

    なぜコンピューターは2進法で、人間はそうでないのか - 小人さんの妄想
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    morutan 2009/01/01
    よむものよんだら考えるかも
  • 資本主義の死滅(完成)と貨幣メディアのオーバードライブ (国家-貨幣ー資本主義)

  • メタメタメタメタ - reponの日記

    追記 ご心配いただいてありがとうございます。 励まし感謝しております。 みなさん、ありがとうございました。 続きを読む 元気がないときにはこれを聴く。はじけ方が最高だ。 続きを読む エントリはid:dankogaiさん(以下、danさん)のエントリ404 Blog Not Found : 小市民の敵は、小市民に対する二つめの応答です。 付記: 「長い」「長いよ」「長くて読めない」「もっと簡単に言ってほしい」「平易な言葉で簡潔に」などのご意見をいただきました。 とりあえずお時間のない方は、最後の「生産的なやりとりをするために」の節だけお読みください。 そして、逆から読んでいただければと思います。どうぞよろしくお願いします。 結論までの長い文章は、その結論に至るまでの布石です。僕がその過程でやっているのは、「解呪」です。 解呪であればなおさらですが、呪文は、段階を経て編まないと効果を発揮しな

    メタメタメタメタ - reponの日記
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    morutan 2008/03/07
    人文臭い論述の仕方で分かりにくいし間違いなくdanには伝わらないだろうけどよく編んだなぁ。再分配の必要性の辺りの論理は再考。構図としてはlife「働くということ」っぽいな
  • 2007-12-07 - reponの日記 自己肯定感と成熟

    「自分を肯定できないのは愛されなかったからだ」という考え方があります。 「人は自分の人格を全て受け入れられてはじめて自己肯定感を持て、安心して生きていける。不安感が先に立つ人は、幼い頃愛されなかったからで、自分を全面的に受け入れてもらう必要がある」というような内容です。 当でしょうか? 結論を先に言うと、成熟はむしろ自己肯定感の破壊によっておこなわれるのではないか。 (そして僕はその結論に違和感を覚えています) 精神分析では成熟の過程を、エディプス・コンプレックスという図式で説明します。 エディプス・コンプレックスはその名の通り、神話のエディプスから由来しているのですが、その名を用いず、簡単に述べると次の通りです。 人は、生まれてきたときは未成熟な状態で生まれてきます。それ故、庇護を必要とします。完全に受け身であるが故に、全てを周囲に委ねて引き受けてもらう存在です。子どもは周囲と自分を明

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    morutan 2008/02/23
    長くなったのでついったにメモった http://tinyurl.com/yws7el | 後段は「大人」の定義に関わるだろうけど「愛」ということについて言外に知っているなら他人への友愛を元としたコミュをする。それは強制的規範とも違う
  • 先日のTwitter発言のまとめみたいな - finalventの日記

    思考は関数で、「私」はその返却値ではないか。 別の言い方をすれば思考というメカニズムが「私」を機械的に生み出している。思考が止まれば、「私」はいない。 ただし、そういう比喩で語るとき、それでも「私」のコアのようなものはありそうだし、現在知覚の所持者として「私」が存在しそうに思える。ここがたぶんこの難問の急所だろう。 世界を知覚している主体としての「私」はありそうに思える。だが、それは常に疎外、客体化、遅延、物語化を介している。デリダ的な差延がありそうだ。というより、差延は、そうした現在知覚の「私」を、デカルトのゴギトのように原初的なもの(アルケー)として措定している。 でも、その措定とは、原初的なものを求めるための、詐術にすぎないだろう。 実質的な意味での「私」とは、「私語り」という記憶の権限として、語られるうるものとして現れる。 記憶とは「私語り」である。そして語られる出来事は、「私」に

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    morutan 2007/11/15
    たぶんオレの位置はハイデガー辺りなんだと思う。(とりあえず投企でやってくしかないじゃん?みたいなの) 機械論的「私」関連だとこの辺かな http://tinyurl.com/2nwraw | http://tinyurl.com/3xga8p |元 http://tinyurl.com/2cw29w
  • 404 Blog Not Found:東京と地方、搾取者はどちら?

    2007年09月07日03:15 カテゴリTaxpayer 東京と地方、搾取者はどちら? 私も素人だが、素人の私でもこの指摘はおかしいことはわかる。 狂童日報 - 東京と地方の間の不公正 税制に関しては全くの素人なので、詳しい人がいれば間違いを指摘して欲しいのだが、要するに、地方の人間の財布から出たものが東京という別の一地方の財源へと移ってしまうのは全くの理不尽である 少し古いデータだが、「国庫歳入歳出状況(1)歳入(平成16年7月29日)」によると、2004年度の法人税の総額は9.4兆円。これに対し、「平成18年版 地方財政白書ビジュアル版」によると、同じ年の地方交付税は17兆円。法人税は最近かなり増えていて、「国庫歳入歳出状況(1)歳入(平成19年4月20日):財務省」によると直近では15.8兆円まで回復しているのだけど、それでも17兆円には届かない。 これはどういうことかというと、仮

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    morutan 2007/09/07
    なんか妙だなぁ
  • 『ヒストリエ』 岩明均

    フェロモンボディのボディソープを買いました。  スリミング・セルライト対策のソルト系のボディソープとしてクチコミでも割と評価... 「美白フリークの愛用する6つの日焼け止め」で触れたイプサのプロテクター・デイシェルター・ブライトビジョンをまた買いました。 ...

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    morutan 2007/09/04
    機械ファシストだからしょうがないけど逆説的に「人間的」とはお肉なのだな、ということか(分割されざるお肉)。重量税の案はおもろい(おなかのでっぱりを子ども扱いにして一人っ子政策的に徴税するのはどうか?)
  • 赤の女王とお茶を - 芸術は再び非営利化する

    「世の中は厳しい」なんて大嘘 essa節いいっすね〜。 大枠で反対するわけではないけれど、essaさん自身も書いているようにこれからは「兼業芸術家」の割合がより増え、「専業芸術家」は減っていくことになるでしょう。 つまり「いっそう芸術(だけ)ではえなくなる」ことを意味しているわけで、これを「厳しい」とみるか「甘い」とみるかはのび太のおじいちゃんのように微妙なところです。 今日日音楽にしろ映像にしろ、結構なレベルの作品をネット上でタダで楽しめてしまいます。ということは、そこそこの作品ではネットで稼ぐことはできないということ。これもessaさん自身が「誰もが最高級品を使える経済」で書いていることですが、無限配布可能なソフトウェアにおいては「ロングテール」どころか「テールレス」な状態が生じるんですね。 じゃあ多様な高級品を売ればいいかというと、そもそもそこまで高度な作品を求めている人は多くない

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    morutan 2007/08/31
    artistは兼業になっていくよ、って話
  • 売春というのはちと違うか - finalventの日記

    私はかなりたぶん痴漢とかいうのはしないというかそういう嗜好がない。が、夏場など女性と限らず骨格をよく見ているというのはある。ま、それもかなり変な話だが。 で、売春と売春に似たもの、たとえば、性産業というのか、そこに差があるのか、あるいは段階があるのか、あるいはスペクトルがあるのか、私は知らない。たぶん、売春というのは古典的には性交を対価させるもので、岸田秀がいうように、育児をしない代価というふうな議論もありうるのかもしれない。 ただ、これは男の性欲の側からすれば、ようするに性欲なるものの対価に見えるので、売春が古典的だろうがどのようなスペクトルがあろうが、けっこうどうでもいいものかもしれない。話をめんどくさくしているみたいだが。 で。 性交でなくても、たとえば、女性の身体を触る、というのでも、その場合、それが対価の商売たりえる。というとき、そこで、違法と商売という契機がある。単純な話、見知

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    morutan 2007/08/08
    女性の性の主体性は男性的な欲望の刷り込みとして表れる(男性の描く女性像の取り込み)。それは屈辱(労働)でありながらも女性の性の主体性というものはそこに従属する、と…じゃあやっぱ劣情って男性特有なのか
  • 曇天、降雨確率50% - finalventの日記

    とのこと。降らなそうな感じもする。ばたばとしてネットが遠くなるようにも思うし、そう思うときネットもまた私を遠く扱うのかもしれない。あるいは、ネットと思っているもの思われているものはある種の幻想だろうし、もちろん幻想なんて最初からわかっているさという意味ではなく、ある種のリアリティとしての幻想ということだ。 エリクソン周りのなどを読み、いろいろ思うが、うまく心にまとまってこない。心のまとまり方というか思いの動かし方に私には何か癖のようなものがあり、その癖自体がそれほど自分の現状というか生き方の打開のツールとしては機能してない。あるいは原因的思考というのだろうか。 そういえば昨日道元の、「万法ともにわれにあらざる時節」というのを木立を見ながら、擬態する蛾などを見ながら考え込んだ。この句の解釈だが、通常は、諸法無我として、万法の側にそれぞれの我(アートマン)を否定すると読まれる。が、私はこれは

    曇天、降雨確率50% - finalventの日記
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    morutan 2007/07/10
    「他者としての世界の存在への実感」ということだけど、存在が「この今」に断片的に散りばめられているのは分かるんだけど、その先がよくわかんない (論理的帰結としては「いまの断片」が「他者性」につながる?)
  • 一般大衆と理想の落差を感じたらそれをネタにすればいい - アンカテ

    muse-A-muse 2nd: ウェブ社会の民主主義:スケールフリーなネット社会に対応する設計とは? muse-A-muse 2nd さんは、こういうふうにウェブの社会的な側面について、幅広いソースを参照してゆるやかにまとめた記事をよく書かれているので、時々、参考にさせていただいているのですが、その中にこんなつぶやきが ぼくも基的な理想としてはessaさんと立場を同じくするんだけど、この違和感はなんなんだろう...。 私はネット上の民主主義の発展について、かなり楽観的です。そこには違和感を感じている人も多いと思います。 それは、ネット上の「一般大衆」や「集団知」が常に正しいと思っているからではありません。ネットの中で起こっている事態と自分の考えや理想がズレていると感じることは、私にもよくあります。 おそらく、その「違和感」の理由は、ズレを感じた時に、私は「これはブログのネタになる」と考

    一般大衆と理想の落差を感じたらそれをネタにすればいい - アンカテ
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    morutan 2007/07/05
    <大衆的な志向と元ネタのギャップがあればあるほど良いネタになる>とのこと。その理由付けについては再考させてもらうとして、essaさんにはCGM的なものの可能性を論考していただきたかったので良かったです