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資料とマチュピチュに関するndto510870xxのブックマーク (1)

  • マチュピチュと野内与吉の物語

    IMT特別展示『黄金郷を彷徨う―アンデス考古学の半世紀』 マチュピチュと野内与吉の物語 野内セサル良郎(日マチュピチュ協会副会長) ペルーの世界遺産で世界的に有名なマチュピチュ遺跡(図1)。その遺跡の麓にあるマチュピチュ村で、野内与吉は村の為に生涯を捧げた人物である(図2)。福島県安達郡大玉村出身の彼は、裕福な農家に生まれるも海外で成功したいという夢を抱いて、1917年に契約移民としてペルーへ渡った。農園で働いたが契約内容と実地の状況の違いから1年で辞め、米国やブラジル、ボリビアなどを放浪する。1923年頃にはペルーへ戻り、クスコ県にあるペルー国鉄クスコ-サンタ・アナ線(通称FCSA)に勤務し、会社専用電車の運転や線路拡大工事に携わった(図3、4)。1929年にはクスコ~マチュピチュ区間の線路が完成した。 その後与吉は、前年に結婚したマリア・ポルティージョとマチュピチュ村に住むこととなる

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