早朝に岡山駅で高速バスを降りたら、随分と様子が変わっていて驚いた。だからといってなにか予定が変わるわけでもなく、百閒先生の墓へ行くつもりで路線バスに乗る。高速バスの中でまんじりとも出来なかったせいか、身体がふわふわしているのかそれとも乗っているバスがふわふわしているのか、ずいぶん妙な心地がした。事前に調べておいた通りのバス停で降りると、朝の陽光がもう暑く、道路を渡り寺のほうへ向かう間にも汗が吹き出す。ふわふわした心地は相変わらずで、はあこれはやはりバスが揺れていたせいではないのだなと得心した。周りはありふれた住宅街で、朝だから道端にはごみが出してあった。そうこうしてるうちに立派な寺に着いた。 寺までやって来たはいいが、そもそも墓地の場所が分からない。寺の玄関を掃いている奥さんに尋ねればよいのだろうが、こんな朝っぱらから百閒先生の墓を訪ねるこんな風体の男なぞ、奥さんだって不審に思うだろう。そ