折に触れて見返す写真集の一つが篠山紀信の『橋をわたると』で、僕が本当に好きな写真集である。全編モノクローム。オーストラリアで撮られた、いたって素朴なスナップ写真集である。この写真集がカンタス航空のパブリシティとして制作された、という経緯を踏まえると、「お金を出すからオーストラリア旅行して好きに写真を撮ってきてよ」ぐらいの感じだったんじゃないだろうか。この写真集にあるのは、巨匠・篠山紀信がかつて一介のカメラ小僧だった頃の、純朴で衒いのない、ストレートな表現!見返すたびに心が洗われる。海外旅行がまだ珍しかった時代、初めて(かどうかは分からないが)体験するオーストラリアの風景に興奮している様子が伝わってくるようで、すごくいい。 もうこういった写真は現在の篠山紀信には撮れないだろう。別に現在の彼を否定するわけではなく、単純な事実として。巨匠には巨匠の表現というものがある。それは進化でも退化でもない