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2008年11月19日のブックマーク (2件)

  • 結論を言う。全て男が悪い。

    結論を言う。全て男が悪い。 大人の男の癖に、最近、遊ぶこと覚えたよね? 昔なんか、20過ぎた男なんか人生捨ててた。 一生奴隷のように社会で働き続け、夜も帰ってきてるところを見ないぐらい 遅いのが当たり前だった。そういう覚悟を持ってた。 男に娯楽だ休息だなんてものは、必要ないの。 大の男が私らがするようなことしていいの?それ自体がおかしい。 大人になってテレビ見て笑っていいのは、女性だけ。 コンサートとか、アイドルとか、テレビ番組に夢中になっていいのも、女性か少年少女だけ。 野太い男の声なんかがテレビで放送されたら不快でしかない。そんな人権ねーんだよ。 それから、女性が職を奪ってるのに主夫になれないと言う意見。これ、論外ね。 男は女性をどれだけ幸せにするかと言うのが性役割。 女性は男にどれだけ幸せにしてもらうかが性役割。 だから、男による保護と言う保険を持ちながら、社会進出にも挑戦でき、 そ

    結論を言う。全て男が悪い。
    o_keke_nigel
    o_keke_nigel 2008/11/19
    ああ、もう全部「電気系統」。
  • 倫理の根拠とお水のセカイ(本編) - 赤の女王とお茶を

    こちらの編。 まだまとまりきっていない話ですし、分かりやすくかけるか怪しいところですが。 「水伝」など多くのニセ科学批判の文脈で基となる考え方の一つに、「科学は倫理を与えない」というものがあります。あるいは、「である」は「べき」を導かない。ヒュームの法則、または自然主義の誤謬、とも表現します。 科学はセカイが”How”「どのように」「ある」かを明らかにするものであって、どのようにある「べき」か、つまり倫理や規範を定めるものではない、ということです。もちろん、ゴーヤの佃煮を作るときは五倍酢をつかう「べき」だ、コーヒー豆は封を開けたら冷蔵庫にいれる「べき」ではない、というように、ある状態を達成するための手順について科学が「べき」を与えることはあります。 しかし、どう生きるか、のような根源的なレベルにおける、向かうべき「目的」を科学知識そのものが規定することはないよ、というのが科学的思考にお

    倫理の根拠とお水のセカイ(本編) - 赤の女王とお茶を
    o_keke_nigel
    o_keke_nigel 2008/11/19
    1)「~べき、と考えられるのは何故か」は事実認識の領域2)で、その1)に/「~べき」にどう向き合うのかという選択に係る領域が「倫理」→1)は2)直接の根拠にはならず、独立で各々存在するもの、ということか。