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ファンタジーとオリジナル小説に関するoukastudioのブックマーク (131)

  • つばさ - >

    それにしても―― 「なんて奴だ……」 完全に剣を引き抜いたマクシムのほうを見ながら、ヴァイクは内心、戦慄に震えていた。 こちらが背後をとったと思ったとき、うしろを振り返らずに勘だけで強引に横に薙ぎ払ったのだ。 しかも無茶な攻撃を放ったことで体勢が狂ったはずなのに、間髪を入れずに詰め寄ってきた。 恐るべきその戦闘能力。恐るべきそのセンス。 翼人最強というその称号は、だてではなかった。 だが、衝撃を受けているのは、かならずしもヴァイクだけではなかった。 「それはこっちの台詞だ。まさかすべての攻撃をことごとくかわされるとは思わなかったぞ」 ここまで四撃。 そのいずれもが、普通ならばほぼ確実に相手を仕留めているはずのものだった。しかし反対に、すべてをものの見事にかわされ、かすり傷ひとつ負わせることもできなかった。 これは驚愕すべき事実だったが、マクシムはむしろうれしそうに微笑んでいた。 「ひとりの

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    oukastudio 2013/06/11
    それにしても―― 「なんて奴だ……」  完全に剣を引き抜いたマクシムのほうを見ながら、ヴァイクは内心、戦慄に震えていた。  こちらが背後をとったと思ったとき、うしろを振り返らずに勘だけで強引に横に薙ぎ払っ
  • つばさ - *

    雨が羽を重く濡らし、翼の動きを阻害する。体は命のない石のように冷え、指先の感覚が失われていく。 ヴァイクは、必死になってある人物を捜していた。 いうまでもない、かつての義兄弟であり最も尊敬する戦士でもあったマクシムである。 自分でも、なぜ彼を求めようとするのかよくわからないところもある。 だが、知りたい。 過去に何があったのか、マクシムが何を考えているのか、そして、これからどうしようとしているのか――こちらからすれば、どれもこれもわからないことばかりだった。 帝都の西にある森へ急いだ。上空には得体の知れない飛行艇が一隻、不気味に漂っている。この状況であえて出てきたのだ。おそらく、何かをしでかすつもりに違いない。 ヴァレリアは大丈夫だろうか、とふと思う。勢いに任せて置いてきてしまったが、これだけの混乱だ、何が起きても不思議はない。 ――まあ、大丈夫だろう。 と、安易に考えるのも訳があった。

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    oukastudio 2013/06/10
    雨が羽を重く濡らし、翼の動きを阻害する。体は命のない石のように冷え、指先の感覚が失われていく。  ヴァイクは、必死になってある人物を捜していた。  いうまでもない、かつての義兄弟であり最も尊敬する戦士で
  • つばさ - >

    だが、ゴトフリートの異変に気づいたのはそのときだ。 額に大粒の汗をかき、呼吸が荒くなっている。 それでもゴトフリートは、それを意に介した様子もなく話しつづけた。 「だがな、フェリクス。罪はいつか精算せねばならん。それもまた世の理(ことわり)なのだよ」 「悪をなせば、その分、かならずみずからに返ってくる――小父上が以前からよくおっしゃっていることですね」 「そうだ。だから私も……そのときが来たのだ」 「!」 まさか、と思った。 目の前で、ゴトフリートがくず折れるようにして椅子に腰かけた。背もたれに上半身を完全にあずけたその姿は、明らかに常軌を逸していた。 「小父上!?」 「あの薬師(くすし)め……頼んだとおりではあるが、効くのが遅すぎるわ」 いつも無表情なレナートゥスのことを思い起こし、ゴトフリートは苦笑を浮かべようとしたが、それさえもままならない。顔は無意識のうちにも歪み、その苦しみがあり

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    oukastudio 2013/06/09
    だが、ゴトフリートの異変に気づいたのはそのときだ。  額に大粒の汗をかき、呼吸が荒くなっている。  それでもゴトフリートは、それを意に介した様子もなく話しつづけた。 「だがな、フェリクス。罪はいつか精算せ
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    あれは当にひどい戦だった。もちろん、『いい戦』など初めからあるはずもない。だが同じ戦でも、あのときのものは記憶がまったく薄らぐことがないほどに激しく、そして悲惨なものであった。 「過激な手段をとったそうですね、反乱者に手こずって」 「よく知っているな、当時のことはほとんどが内密にされたはずだが。それに、お前はまだ幼かった」 「ライマルから聞いたんです。あくまで噂としてですが」 「おお、あの道化か。自分の能力を巧みに隠す術を知っている」 「……気づいておられたのですか」 「当然だ。物の男というのは、黙っていてもその霊光(オーラ)が内側からにじみ出るものだ」 ゴトフリートは、いつも気のない振りをしていながら、その実、常に鋭い感性を張り巡らしている若い男の顔を思い出し、薄く笑った。 「そのローエ侯の言うとおりだ。我々は予想外に手こずっていた。ロシー族と、そして翼人に」 「やはり、翼人も加わっ

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    oukastudio 2013/06/08
    あれは本当にひどい戦だった。もちろん、『いい戦』など初めからあるはずもない。だが同じ戦でも、あのときのものは記憶がまったく薄らぐことがないほどに激しく、そして悲惨なものであった。 「過激な手段をとった
  • つばさ - >

    オトマルが覚悟を決めた頃、フェリクスはすでに上階への階段を駆け上がっていた。 思ったとおり、立ちはだかる者はまったくない。時おり人の姿を見かけるが、訓練を受けた兵士ではないようだった。 三階まですぐに来たが、迷わずさらに上を目指す。 あえてここに留まったのなら、より遠くまで見渡せる最上階にいるのが当然だ。もしかしたら、そのさらに上にある小塔にいる可能性もあった。 ――しかし、きついな…… 弱音を吐いている場合ではないことはわかっているが、さすがに鎧をまとったままでの全力疾走は骨が折れる。 フィデースで負った怪我の状態も思わしくなく、ひょっとしたらすでに傷口が開いているかもしれない。 部下たちも限界ぎりぎりのところで、体を張って奮闘をつづけている。自分だけが苦しいのではない。将として、これくらいのことで負けるわけにはいかなかった。 ――こうなったら―― 右手に握っていた剣を放り投げた。あえて

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    oukastudio 2013/06/07
    オトマルが覚悟を決めた頃、フェリクスはすでに上階への階段を駆け上がっていた。  思ったとおり、立ちはだかる者はまったくない。時おり人の姿を見かけるが、訓練を受けた兵士ではないようだった。  三階まですぐ
  • つばさ - *

    雨が上がりはじめた。 しかし、未だ空には雲が厚くたれ込め、そろそろ中天に差しかかっているはずの太陽を完全に遮っている。その黒い靄は、あたかも怨霊の群でもあるかのように不気味で重い。 それを恨めしげに見上げたあと、フェリクスはすぐさま視線をそらした。 ――今の空は見たくなかった。 あそこには、悪意が飛んでいる。そう、自分の放った最大の悪意が。 飛行艇オリオーンを使う決断を下したのは、他ならぬ自分であった。 現在の情勢、翼人への対応、そして今後の帝国のことを思えば、戦いの趨勢を決することができる兵器を投入することは当然のことではあった。 しかし、それと同時に、あれを使えば無実の人々にまで被害を及ぼすこともわかりすぎるほどにわかっていた。 それにもかかわらず、あえてその使用を断行した。 たとえどんな言い訳をしようと、その大罪を免れ得るようなことではない。犠牲を承知のうえでしでかしたことは、いつか

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    oukastudio 2013/06/06
    雨が上がりはじめた。  しかし、未だ空には雲が厚くたれ込め、そろそろ中天に差しかかっているはずの太陽を完全に遮っている。その黒い靄は、あたかも怨霊の群でもあるかのように不気味で重い。  それを恨めしげに
  • つばさ - *

    戦とは恐ろしいものだ。 どんなに綿密な作戦を練ったとしても、たったひとつの不確定要素によって戦局ががらりと変わってしまうこともある。そして、すべてが悲しいほどあっさりと無駄になっていく。 軍を含めた組織というものは、ひとりひとりの人間という細部がつながり合って全体を構成しているひとつの生命体のようなものだ。 思うように動かせるようで、実は思うままにならないところが多々ある。人間が自身の体を完璧に使いこなすことはできず、また病気になったときにどこが悪いのかよくわからないこともあるように。 カセル侯軍の動きは鈍かった。 ――やはり、帝国に対して仇なすことに抵抗を感じている兵が多い。 これまでの成果からてっきり一枚岩になりきれていると思い込んでいたが、いざ実際に帝都で諸侯の軍や宮廷軍と争う段になって、こころのどこかに迷いが出たのだろうか。 それは仕方のないことなのかもしれなかった。 我々がやろう

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    oukastudio 2013/06/05
    [ライトノベル:]戦とは恐ろしいものだ。  どんなに綿密な作戦を練ったとしても、たったひとつの不確定要素によって戦局ががらりと変わってしまうこともある。そして、すべてが悲しいほどあっさりと無駄になっていく
  • つばさ - *

    目の前で、ひとり、またひとりと同胞が血に塗(まみ)れ、薄汚れた大地に倒れ伏していく。 今や、大神殿前の広場は騎士や兵士、そして無数の市民の死体で足の踏み場もないほど埋め尽くされようとしていた。 ――こんなことに…… その光景を目にして、胸が締めつけられるように苦しくなる。 自分たちの浅はかな決断が、この状況を招いた。それなのに、最大の責任者である我々が今も生き残っている。 自分はこの安全な場所で何をしているのか――強烈な罪悪感がみずからのこころを糾弾する。 しかし、そうした思いをまるで感じず、正反対の感情に支配されている者もいた。 「ええい、何を手こずっておる! 我々と翼人にカセル侯軍が加わったというのに、なぜ敵を圧倒できんのだ!」 大神官長バルタザルは、苛立たしげに机を叩いた。思うように事が進展していないことに、焦りと怒りばかりがつのっていく。 しかも、形勢は徐々に不利なものになりつつあ

    つばさ - *
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    oukastudio 2013/06/04
    目の前で、ひとり、またひとりと同胞が血に塗(まみ)れ、薄汚れた大地に倒れ伏していく。  今や、大神殿前の広場は騎士や兵士、そして無数の市民の死体で足の踏み場もないほど埋め尽くされようとしていた。  ――こ
  • つばさ - *

    ヨアヒムは混乱の渦に翻弄されながらも、ひたすらに大門へ向かって走りつづけていた。 これだけ騒然となった帝都の中にいても、主君フェリクスを見つけられそうにない。 それ以前に、いつまでもこんなところに留まっていては、自分のほうが先に倒れてしまいそうだ。 フェリクスらがすでに外へ脱出していることを願い、自分もどうにかしてこの危機をくぐり抜けなければならない。 ――それにしても、どうしてこんなことになってしまったのだ。 今さらながらに思う。 つい今朝方まではいつもの帝都だった。それが一瞬でここまでひどい状況に陥った。 ちょっとやそっとのことでは驚かない自負はあったが、さすがに脅威を感じずにはいられない。 それもこれも、あの謎の翼人たちのせいだ。 なんの目的が、なんの恨みがあってのことなのかは知らないが、あまりにも常軌を逸している。 ――前兆はあったのかもしれないが。 アルスフェルトの噂、そしてフィ

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    oukastudio 2013/06/03
    ヨアヒムは混乱の渦に翻弄されながらも、ひたすらに大門へ向かって走りつづけていた。  これだけ騒然となった帝都の中にいても、主君フェリクスを見つけられそうにない。  それ以前に、いつまでもこんなところに留
  • つばさ - 第十章 すべての終止符と喜びと

    森の空気は冷たく、帝都の喧噪が嘘のようにあたりは静まり返っている。響くのは雨の音ばかりで鳥の鳴き声すらしない。 「なんとも嫌な雨ですね」 「そうでもないわ」 ユーグが大樹の下から恨めしげに空を見上げ、アーデはただ前方を一心に見つめている。 一行は帝都を脱出し、南の森の中に潜んでいた。周囲では無数の翼人が待機し、静かな面持ちでアーデの号令を待っている。 姫はそんな彼らを見回してから、視線を元に戻した。 「この雨と霧のおかげで視界が悪くなってる。私たちみたいに表立って行動できない側にとってはありがたいことよ」 「それはそうですが……」 一方では、翼人にとって雨はあまり好ましいものではない。 翼が濡れてしまうし、ひとつの武器でもある目のよさが活かしきれない。実際、周りにいる仲間も羽に雨が当たるのを明らかに嫌がっていた。 とはいえ、これくらいで弱音を吐くような戦士は、ここにはひとりとしていなかった

    つばさ - 第十章 すべての終止符と喜びと
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    oukastudio 2013/06/02
    森の空気は冷たく、帝都の喧噪が嘘のようにあたりは静まり返っている。響くのは雨の音ばかりで鳥の鳴き声すらしない。 「なんとも嫌な雨ですね」 「そうでもないわ」  ユーグが大樹の下から恨めしげに空を見上げ、ア
  • つばさ - *

    低い雲が凄まじい勢いで流れていく。 ここまでは、あらゆることが順調に推移していた。 狙いどおり宮廷軍を一気に壊滅させ、残存兵には空中から矢を射かける。四つの大門を閉じたままにさせておくことで市民を外へ逃がさず、帝都内の混乱をさらに大きくする。 そこへ、業を煮やした諸侯の軍が突入を強行する。しかし、それによって帝都内はさらに混迷の度を深め、結果として諸侯の軍も思うように動けなくなる。 さらに、大神殿側が決断してくれたのも朗報だった。 ぎりぎりまで聖堂騎士団が動くかどうかはこちらにもわからなかったが、彼らが介入してくれたおかげで帝国側の混乱と焦燥はいや増した。 ――今のところ、ほぼすべて台通りだ。 やや信じがたいほどにうまくいっていることが、かえって気がかりなほどであった。 ――この強い雨だけは厄介だが。 飛べなくなるわけではないが、翼が濡れて重くなると余計な体力を使う。何より、不快で仕方が

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    oukastudio 2013/06/01
    低い雲が凄まじい勢いで流れていく。  ここまでは、あらゆることが順調に推移していた。  狙いどおり宮廷軍を一気に壊滅させ、残存兵には空中から矢を射かける。四つの大門を閉じたままにさせておくことで市民を外
  • つばさ - *

    まるで帝都の内側が煙ですっぽりと覆われたように、すべてがぼやけていて判然としない。しかし、それでいて凄まじいまでの狂騒の音は、ここまではっきりと響いてくる。 雨と霧と火事とによる煙で、視界はおそろしく悪くなっていた。 たいした高さを飛んでいるわけでもないのに、地上の建物を識別するのが難しい。ましてや、人それぞれを判別できるはずもなかった。 そのうえ厄介なのは、厚くたれ込めた雲だ。日の光を遮ってしまい、まだ昼間だというのが嘘だと思えるほどに周囲を暗い影で包んでいる。ほとんど宵の口に近いような状態であった。 ――どこだ、ジャン。 ヴァイクは目をこらしながら、帝都の上空を必死になって飛んでいた。 鳴り響く悲鳴を耳にし、倒れた人の山を目にして、強烈な不安に苛まれつつ、この広い帝都でたったひとりの人物を捜し求めた。 ――これは、ベアトリーチェを見つけ出す以上に難しいかもな…… というのが率直な感想だ

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    oukastudio 2013/05/31
    まるで帝都の内側が煙ですっぽりと覆われたように、すべてがぼやけていて判然としない。しかし、それでいて凄まじいまでの狂騒の音は、ここまではっきりと響いてくる。  雨と霧と火事とによる煙で、視界はおそろし
  • つばさ - *

    目の前の光景はなんだろうか。 人間と人間とがぶつかり合い、剣を交え、盾で押し合い、火花を散らしている。その人間は、片方が賊でも暴徒でもない。正規兵同士が真剣に、しかもここ帝都で戦っていた。 その様子が、ここまで見る者に衝撃を与えるものだとは予想だにしなかった。しかし一方では、ついにこのときが来たのかと納得する面もあった。 片方は宮廷軍。 片方は聖堂騎士団。 この二者は古(いにしえ)よりずっと対立をつづけ、隙あらば互いを滅ぼさんといがみ合ってきた。 互いに譲れぬものがあり、互いに相容れぬものがある。結果として常に争いの気配をはらみ、常に敵意の炎はくすぶっていた。 それが表面化したことは、これまで幾度となくあった。中でも最もひどい事態になったのが、六十年前に起きた〝カイザースヴェークの争乱〟だ。 以前から両者がため込んでいた不満や怒りが頂点に達し、皇帝の宮廷軍と大神官の聖堂騎士団との戦いが勃発

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    oukastudio 2013/05/30
    目の前の光景はなんだろうか。  人間と人間とがぶつかり合い、剣を交え、盾で押し合い、火花を散らしている。その人間は、片方が賊でも暴徒でもない。正規兵同士が真剣に、しかもここ帝都で戦っていた。  その様子
  • つばさ - >

    ベアトリーチェは、思いきって広場から出ることにした。先行きへの恐怖は確かにあるものの、逆に怖がって立ち止まってしまうことだけはしたくなかった。 比較的丈夫そうな建物の並ぶ路地を選び、ゆっくりと、しかし着実に進んでいく。 闇雲に行くのも問題があるから、とりあえず目印でもある宮殿に戻ろうと決めた。あそこならおそらく安全だろうし、来た道を戻れば知っているところだから不安もない。 残念ながら、自分が今どの辺りにいるのかはおおよそのところしかわからないが、宮殿の建物が見えているので進むべき方向は把握できる。 今はとにかく門から離れつつ、可能なかぎりそちらへ向かうしかなかった。 擾乱(じょうらん)の中、驚くほど静かな一画を進む。そのときになって初めて気づいたのだが、あえて家の中に留まり、不安に怯えながら様子を見守っている人たちもいるようだった。 ということは、あの崩れた家の中にも――頭に浮かんできた最

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    oukastudio 2013/05/29
    ベアトリーチェは、思いきって広場から出ることにした。先行きへの恐怖は確かにあるものの、逆に怖がって立ち止まってしまうことだけはしたくなかった。  比較的丈夫そうな建物の並ぶ路地を選び、ゆっくりと、しか
  • つばさ - *

    雨が降りだした。 ――さっきまであんなに天気だったのに。 周りの炎による熱気と日差しで恨めしいほどの熱さを感じていたが、そこへ雨が降りそそいだ。 いつの間にか帝都の上空は暗く厚い雲で覆われ、上へと立ちのぼる煙と見分けがつかなくなっている。 ベアトリーチェは今、西の大門へ向かっていた。すでに助けた子供を宮殿に預け終え、路地裏の狭い道を西へひた走った。 幸い、保護したあの子は宮殿側が受け入れてくれることになった。もし拒絶されたらどうしたものかと途方に暮れているところであったが、応対した宮廷兵は少し迷いつつも承諾してくれた。 こちらが神官だったせいもあるのかもしれないが、この非常時でも人の優しさに触れることができたのはよかった。 子供は、別れるときにはすでに意識を取り戻していた。さすがに気が動転しているようではあったが、これであの子の安全に関してはもう心配はない。 ――でも…… やはりと言うべき

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    oukastudio 2013/05/28
    雨が降りだした。  ――さっきまであんなに天気だったのに。  周りの炎による熱気と日差しで恨めしいほどの熱さを感じていたが、そこへ雨が降りそそいだ。  いつの間にか帝都の上空は暗く厚い雲で覆われ、上へと立
  • つばさ - *

    雲行きが怪しくなってきた。 晴れ渡っていた空の西のほうに暗雲がたれ込めている。まるでこれからの帝都の行く末を暗示しているかのようで憂な気分になる。 騎士ヨアヒムは、ある人物を必死になって捜していた。 それは誰あろう、みずからの主君たるノイシュタット侯フェリクスだ。あの宮殿における混乱の後、秘密の抜け道に入ったまではよかったものの、そこで主や仲間とはぐれてしまった。 まったく明かりのない中を走っていたから仕方のない面もある。それでも、この大事なときに限ってこんなことになってしまうとは、騎士としてあまりにも不甲斐なかった。 ――それにしても、まさかあの抜け穴に分岐路があったとは…… 知らず知らずのうちに間違った方向へ進んでしまい、気がついたら仲間の声や足音は聞こえず、自分はひとりになってしまっていた。 かといって、引き返すことができるはずもない。 おそらく、すでに相当数の追っ手がかかっている

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    oukastudio 2013/05/27
    雲行きが怪しくなってきた。  晴れ渡っていた空の西のほうに暗雲がたれ込めている。まるでこれからの帝都の行く末を暗示しているかのようで憂鬱な気分になる。  騎士ヨアヒムは、ある人物を必死になって捜していた
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    ほぼ完全な暗闇の中を、たいまつの心細い明かりだけを頼りに少し急いで進んでいく。 たいまつが一だけでは、三歩先さえ見渡すことができない。早くしなければならないことはわかっているものの、地下道とはいえ足場が不安定なここを駆け足で進むことさえ難しかった。 ――まるで、今の自分そのままだな。 やや自嘲的な思いが込み上げてくる。 まさしく暗中模索。 未だ出口が見えず、この道で当に合っているのかと迷いがある。 しかし、立ち止まるわけにはいかない。そうしてしまっては、その場で朽ち果てていくだけだ。 しかも、すでに多くの人々を巻き込んでしまった。その犠牲に報いるためにも、身を粉にして最大限の努力をしなければならない。それが、自分にとっての最低限の義務だ。 ――フェリクス、すまぬな。 謝ってもどうにもならないことではあるが、しかし彼だけは、ジークヴァルトの息子だけは無事でいてほしかった。 それが、どうし

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    oukastudio 2013/05/26
    ほぼ完全な暗闇の中を、たいまつの心細い明かりだけを頼りに少し急いで進んでいく。  たいまつが一本だけでは、三歩先さえ見渡すことができない。早くしなければならないことはわかっているものの、地下道とはいえ
  • つばさ - *

    さすがに、こころの底から揺さぶられるような動揺を禁じ得ない。 周囲は、まるで地獄絵図のごとく化していた。方々で泣き声や悲鳴が上がり、次々と人々が倒れていく。 誰もが自分のことで精一杯で、子供を助けようとさえしない。それどころか周りを押しのけ、他人を犠牲にしてでもみずからが生き延びようとしている。 極限の状態だからおかしくなっているのではない、そのゆえにこそ、人間の質があらわになっているだけであった。 「とんでもないことになったわね……」 アーデは家の陰に潜みながら、ただひたすらに嘆息する他なかった。 これが人間の弱さ、醜さだ。 いつもは隠れていた性の一面が、追いつめられて表面化した。 人間は浅ましく、自分のことしか考えない。それが負の側面に関する否定しようのない現実であった。 ――でも、他人事というわけでもないけれど。 自分たちでさえ、けっして例外ではない。現に今こうして、何もしようと

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    oukastudio 2013/05/25
    さすがに、こころの底から揺さぶられるような動揺を禁じ得ない。  周囲は、まるで地獄絵図のごとく化していた。方々で泣き声や悲鳴が上がり、次々と人々が倒れていく。  誰もが自分のことで精一杯で、子供を助けよ
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    先の会議とはまた違った、刺すような空気が議場には流れていた。 選帝会議は混乱の極みにあった。 この会議も二日目に突入し、普段ならそれぞれが互いの腹を探りつつ題に入るきっかけを得ようかと考える頃合いだったが、そんな平和な目論見はもろくも崩れ去った。 今も、外から怒号や悲鳴がはっきりとこの場にいる者の耳に届いてくる。 フェリクスでさえ、飛行艇が数隻も墜落した際の振動と爆音にさらされたときには、さすがに冷や汗が出るのを抑えきれなかった。 諸侯の中でも、アイトルフ侯ヨハンとブロークヴェーク侯ゼップルの混乱はいっそうひどかった。 元より、二人とも戦というものに慣れていない。それが、あまりに想定外の事態に陥ったものだから、まったく平常心を失ってしまっていた。 だが今、それを諫める者はなかった。なぜなら皆、程度の差こそあれ大きな衝撃を受けていることに違いはなかったからだ。 それは、ある程度のことを予測

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    oukastudio 2013/05/24
    先の会議とはまた違った、刺すような空気が議場には流れていた。  選帝会議は混乱の極みにあった。  この会議も二日目に突入し、普段ならそれぞれが互いの腹を探りつつ本題に入るきっかけを得ようかと考える頃合い
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    森の中というのは、いつも優しいものだ。 緑の木々に囲まれ、下は落ち葉と草の絨毯になっている。天を覆う枝葉が余計な光を遮ってくれて涼しかった。 鳥のさえずりや獣たちの鳴き声は、自然の音楽だ。ずっと聞いていても、けっして飽きることがない。 そこを行き過ぎる風は、ただひたすらに心地よかった。清浄で清涼でまったく癖がない。これこそが物の風だと断言できる。 ――ずっとここにいたい、と思う。 森の中にいるだけで、いろいろな優しさを感じることができる。 ここは、あまりに居心地がよかった。今直面している現実がひどく厳しいものであるだけに、どうしても甘えてしまいたくなった。 ――それが駄目なんだけどな。 そのことは、自分自身が一番よくわかっている。だが、疲れ果てたときに少し休むことくらいは許されるはずだ。これがなくては、もう体力も気力も持ちそうになかった。 ヴァイクは目を閉じて、木の幹に背を預けた。 今は

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    oukastudio 2013/05/22
    森の中というのは、いつも優しいものだ。  緑の木々に囲まれ、下は落ち葉と草の絨毯になっている。天を覆う枝葉が余計な光を遮ってくれて涼しかった。  鳥のさえずりや獣たちの鳴き声は、自然の音楽だ。ずっと聞い