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宮崎駿と高畑勲に関するprisoner022のブックマーク (24)

  • WEBアニメスタイル | アニメーション思い出がたり[五味洋子] その105 1979年の思い出

    1979年は日のアニメ史の中でも特別な年でした。長年かけて地中に蓄えられていたアニメファンという水脈に『ヤマト』が穴を穿ち、一気に噴き上がった水流の上に鮮やかな虹がかかったような、そんな奇跡的な年だったのです。 劇場アニメでも歴史的な傑作が次々と誕生しました。3月には東映動画の『龍の子太郎』。これは東映まんがまつりの一篇で75分とやや短めではありましたが、監督を巨匠・浦山桐郎さんが務めた異色作で(アニメーション監督は葛西治さん)、主人公の母の声を浦山監督ゆかりの吉永小百合さんが担当されたことでも記憶されます。そしてアニメファン的にはキャラクターデザインと作画監督を東映動画出身の小田部羊一・奥山玲子ご夫が務めていることが一番の喜びです。お2人がそれぞれに東映動画を退社されて幾歳月、かつての古巣に戻られて健筆を揮われたことはアニメの歴史がひと回りしたかのような感慨があります。森康二さん以来

  • WEBアニメスタイル | アニメーション思い出がたり[五味洋子] その78 続『母をたずねて三千里』

    『三千里』は完全連続の全52、正味約20時間の大河ドラマであり、マルコを中心にした人間群像劇でもあります。その描写は一面的ではなく、主人公マルコにしてもよくある健気なよい子ではなく意固地な面を持っているように、周囲の大人も子供も、立派な面も弱さも欠点も持った血の通った人間になっています。単なる悪役や善人ではなく、それぞれに彼らなりの背景を持っています。だからどんなエピソードでも描写は卑しくなく、物語に厚みを与えているのです。 例えば第40話でマルコに罵声を浴びせる執事にしても単に冷酷な人間ではなく、不況の中で糧を求める移民たちがなだれ込む情勢に古くからの住民は迷惑を被っているという社会背景があります。 そんな中でマルコに示される善意は、移民が集う店「イタリアの星」でのそれのように、互いにぎりぎりの生活の中での共感からのものであり、それゆえに見る者の心をも打つのです。そこに地元民の、街の人

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    prisoner022 2010/03/27
    もう二度と『三千里』のような作品が生み出されることはないでしょう。『三千里』は日本のアニメ史におけるひとつの到達点であるとともに、彼らにとっても到達点であり、新たな旅立ちのよりどころでもあったのです。
  • 庵野秀明愛ゆえに宮崎駿を斬る!: シンジの“ほにゃらら”賛歌

    鈴木敏夫のジブリ汗まみれ。鈴木敏夫庵野秀明対談がめちゃくちゃ面白かったのでめんどくさいのにもかかわらず書きおこしてしまった。庵野さんが宮崎駿を愛情深くめった斬りにしているのがおかしくて。 鈴木敏夫・もののけの時ね、もののけ姫どうだった?と庵野に聞いたら、レイアウトがダメになったって。 庵野秀明・ダメでしたね~。よく宮さんこのレイアウト通したなというくらいダメだった。 鈴木・かなり自分(宮崎駿)で書いてるんだけど。 庵野・いや~ダメですね。レイアウトはかなりね。レイアウトが世界一の人だったのに。 鈴木・レイアウトマンだったものね。 庵野・あの空間のとりかたのなさというのはちょっと・・・あれは年を取ったのかな? 鈴木・空間がなくなっちゃったんだよね。 庵野・すごい平面的になって 鈴木・そうフラットになっちゃった。だからすごいのはお話の方で、絵の方はどっちかというとサラッとしてる。 庵野・あれが

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    prisoner022 2010/01/25
    「とにかくこの惑星に生き物が残っていれば、人間という種がいなくなってもいいんだ!」/「あなたの使っているその日常というのはどういう意味なんですか!?」
  • 時代を駆ける:富野由悠季/4 宮崎駿監督に近づきたい - 毎日jp(毎日新聞)

    ◇YOSHIYUKI TOMINO <67年に虫プロダクションを退職してフリーになって以降、プロダクションの発注で、絵のコマとセリフを入れる「絵コンテ」を数多く手掛け、「コンテ千切り」「さすらいのコンテマン」の異名をとった。そしてテレビアニメ「アルプスの少女ハイジ」(74年)や「母をたずねて三千里」(76年)の絵コンテを担当し、両作品の監督だった高畑勲さん(74)とアニメーターだった宮崎駿さん(68)に出会った。その仕事ぶりは衝撃だった> 自分では多少演出ができると思っていたけど、フリーになってプロダクションを渡り歩いて仕事をしていると、「お前の絵コンテ、ひどいよね」と言われる意味もわかるようになりました。そこで高畑さん、宮崎さんに出会って、物語を次の世代に伝える仕事が持っているスリリングさを見いだせました。 お二人は子ども向けに作る気がさらさらなかった。子ども相手なのに、かみ砕いたセリ

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    prisoner022 2009/11/11
    ある時期、ある瞬間、ご一緒に仕事をさせてもらったことで、アニメに絶望しないですみました。ありがたいことでした。アニメに一生懸けてもいいんだよ、ということを教えてくれた気がします。
  • 高畑勲の特別講演 | アニメーションにおける空間表現について - キャメルライター | 青雲、それは君が見た光

    以下は、2008年の9月18日におこなわれた高畑勲の特別講演、『アニメーションにおける空間表現について』を見てきた時に書いた感想文です。初出はSNSへの投稿ですが、ナカナカ勉強になったので、ここでオープンにしておきます。 宮崎駿に多大な影響を及ぼしたと言われる高畑勲ですが、演出方法や考え方について彼の口から直接語られる機会はそう多くないのでとても貴重です。備忘としてメモしたものを全部そのまま載せますが、ちょー長いので興味ない方は早めにスルーしてください。あと、自分の勝手な解釈もありますので下にあるのが即ち講演内容とは思わないでください。 今回講演依頼を承諾した背景 スタジオジブリ以前の作品(および演出方法)について言及・解説する機会がなかったから一度まとめておきたかった。 レイアウトとはコンティニュイティ(絵コンテ)を補足・決定するもの アニメーションを撮ろうとした場合、決定しなくてはなら

    高畑勲の特別講演 | アニメーションにおける空間表現について - キャメルライター | 青雲、それは君が見た光
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    prisoner022 2009/10/01
    彼の描くレイアウトはカメラが動くことを前提として描かれたモノであって、パースとして成立していないとかそういうことは重要ではない。むしろ、絵画的なルールを破って描かれた画でないと実感が得られない。
  • 氷川竜介、池袋コミュニティー・カレッジ第四講美術、設定 - 玖足手帖-アニメブログ-

    昨日、8月22日、池袋コミュニティ・カレッジで開催されている公開講座、氷川竜介のアニメの楽しみ方、その第四講目に行きました。私は二講目から参加しています。 今回のお題は「【設定と美術】世界を創出するアニメ技術」について。 今回の議題をざっくりとまとめると、 ■1前提 ・舞台芝居における美術とは大道具。背景セットである。 ・実写映画においても、書き割りや大道具で世界を作る。 ・色彩や構図のメタファで非言語的情感、情報を入れる。 ■2アニメの背景 ・最初は背景がなく、動く主体のみ (例、アルタミラ洞窟、影絵、ゾートスコープ(秘伝ディスク)、ペーパーアニメ) ・背景の誕生 初期アニメーションは背景もすべて同トレスの動画。・セルのキャラクターと水彩画の背景の分離 └注目すべきはキャラクターなので背景は彩度、コントラストが低い。軽視されていた。 ・近年は背景が緻密になる傾向。理由としては、レイアウト

    氷川竜介、池袋コミュニティー・カレッジ第四講美術、設定 - 玖足手帖-アニメブログ-
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    prisoner022 2009/08/23
    レイアウト主義の始まり 1974年、アルプスの少女ハイジにおいて、高畑勲監督の日常演出を画面設定の宮崎駿が支えた。 レイアウトによって、台詞や事件に乏しくとも、時間と空間の連続体によって感情と実感を演出する
  • WEBアニメスタイル | アニメーション思い出がたり[五味洋子] その62 一番好きなのは第2話

    第1話の社内試写で驚かされた『ハイジ』でしたが、当の驚きは放送開始後にありました。 TVで見た第2話「おじいさんの山小屋」が、第1話をさらに上回る素晴らしい出来だったのです。 おじいさんと2人きりでアルムの山小屋に残されたハイジ。幼いハイジは、おじいさんの鋭い瞳にも臆することなく、山小屋の中を探検して回ります。高畑さんの演出はゆっくりとしたペースで視聴者の心をハイジに沿わせ、ハイジと共にその場に立ち会わせるかのように場面が展開して行きます。折々にハイジの利発さや闊達さ、天真爛漫な発想の自由さを感じさせながら。 おじいさんと2人、屋根裏部屋で干し草のベッドを作る場面の素敵なこと。巧みな作画と演出(見せ方)によって、干し草という日常では馴染みのないものの手触りや、その香りまでも感じられるようです。2人で大きなシーツの両端を持って干し草の山にかければ、ふわりと空気をはらんでハイジの小さな体が宙

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    prisoner022 2009/08/08
    事件らしい事件も起こらない中で登場人物の仕草や心の動きを丁寧に追うという作り方はまだ一種の冒険だった/次作『母をたずねて三千里』へと続く中で/演出として確立していく過程がアニメ史的な見どころ
  • WEBアニメスタイル | アニメーション思い出がたり[五味洋子] その49 パンダコパンダ

    1972年の暮れには重要な作品が劇場公開されています。『パンダコパンダ』がそれです。この作品は今でこそ高畑・宮崎コンビの一作として認知されていますが、公開当時そうしたスタッフに注目した見方をする人は皆無に近い状態でした。 私もこの作品については全く予備知識なく、恒例の東宝チャンピオンまつりの1として見ました。1972年暮れのチャンピオンまつりのメインは、かつてのゴジラ映画の短縮版である『ゴジラ電撃大作戦』と新作の『怪獣大奮戦ダイゴロウ対ゴリアス』でした。短縮版は勿論、新作の方も当時の流行にあやかった安易なネーミングで、どちらも期待薄で見に行ったものです。 『パンダコパンダ』通称『パンコパ』も33分の小品であり、劇場公開の新作としては予算も制作期間も少なかったらしく、刮目させられるシーンや動きはあるものの、全体としてはいわゆる劇場アニメのレベルには及ばず、TVと劇場用の中間のような印象を受

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    prisoner022 2009/02/07
    『パンダコパンダ』での子供たちが心から喜ぶ様は高畑さんたちスタッフの胸に大きな手応えを残し、やがて『アルプスの少女ハイジ』へと続いて日本のアニメの歴史を変えていきます。
  • 情熱の宮崎駿、冷静の高畑勲、両方を備える富野由悠季。あと種やら00やらギアスやら色々語り

    最近常に思っているのは、何故最近のアニメの出来はこうも悪いのだろう。もちろん、良い作品もちゃんとありますけど、とにかく質が低いアニメは多すぎると感じます。 それらと比べて、改めて宮崎駿作品、高畑勲作品を観れば、両方の質の違いに、どうしても思わず感服しないわけにはいけません。 しかし、そうはいっても、宮崎作品や高畑作品を見ている自分にとって、それらの出来の良さを称えると同時に、やはりどこかに違和感を抱えずにはいけません。出来が非常に良い作品なのに、どこか飲み込めない感じは、ここ数年がずっとありました。 何故そういう疑問を抱いてるのか、自分でも上手く答えを見つけることができませんが、昨日寝る前に、『アベニールをさがして』の文章を読んでると、突如ヒントをつかめて、自分なりの答えを見つけることができました。 01.「アベニールをさがして」から見る富野演出の典型 以下のくだりです。 上空、数百メート

    情熱の宮崎駿、冷静の高畑勲、両方を備える富野由悠季。あと種やら00やらギアスやら色々語り
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    prisoner022 2009/01/10
    物語を支配する雰囲気は、決して設定からのものではなく、一つ一つのキャラクターから全体の人物描写にトータルして、またその人物描写から物語にフィードバックするものなんです。
  • 【WAS】『赤毛のアン』その後のその後 - 編集長メモ

    昨日(2008年12月17日)更新した「アニメ様365日」第31回「『赤毛のアン』その後」はちょっと難産だった。 最初は違った論旨で『赤毛のアン』の客観性に書くつもりだった。あるシーンの描写を手がかりにして書こうと思って、実はその論旨で一度書き上げたのだけど、DVDでそのシーンを確認しようと思ったら、いくら観ても、そのシーンが見つからない。これはいけないと思って違った文脈で書き直した。で、文中にも書いた通り、だいたい書き上がったところで、「世界名作劇場 赤毛のアン メモリアル・アルバム」(河出書房新社)の高畑監督インタビューに目を通してみたら、かなり近しい内容が述べられていた。これはビックリ。違う文脈で書き直す時間もないし、ぶっちゃけてしまうのも面白いのではないかと思って、ああいったかたちでまとめる事にした。 原稿を書き上げた後、一昨日、Amazonに注文した「映画を作りながら考えたこと

    【WAS】『赤毛のアン』その後のその後 - 編集長メモ
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    prisoner022 2008/12/23
    面白かったのは、アンに距離をとって作ろうとする高畑監督に対して、宮崎駿が『ハイジ』のように作れないのか、と言ったという話。
  • マンガとアニメーションの間に(4-2): たけくまメモ

    第四回「マンガ版『ナウシカ』はなぜ読みづらいのか?」(2) 【F】マンガ版『風の谷のナウシカ』の“読みづらさ” ●現在マンガ版『風の谷のナウシカ』は、ストーリーマンガ史上の傑作として評価が定着している。テーマと設定は、アメリカの作家フランク・ハーバートによるエコロジカルSFの傑作『デューン』に強く影響されている。『デューン』は遠い異星の文化歴史から地理・生態系に至るまで、架空の世界構造が緻密に設定されていて読者を驚かせたが、宮崎の『ナウシカ』もまた、ハーバートに負けない高度な世界構築を「マンガ」として徹底したビジュアルで展開してみせた。 →物語が進むにつれて宮崎の思想や政治意識、さらには人類への絶望と人間性への肯定=希望という相反する思弁的テーマに正面から取り組み、宮崎の作家としての「核」が描かれた力作となっていった。当初のエコロジー思想に基づく原始共産主義的・理想主義的テーマは、12年

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    prisoner022 2008/11/03
    手塚治虫は「物語」の作家である/高畑勲は「演出の奴隷」である/宮崎駿は「描写の奴隷」である
  • 「アニメの門VOL.5」は二部構成 : 藤津亮太の「只今徐行運転中」

    2008年10月03日23:29 カテゴリイベント 「アニメの門VOL.5」は二部構成 「アニメの門〜場外乱闘編〜VOL.5」がいよいよ来週10月10日(金)に迫ってきました。 第一部は「アニメ雑誌の今&消えたアニメ雑誌」。アニメ誌の歴史を振り返りつつ、志半ばで倒れたアニメ誌に思いを馳せます。前回と同様、手元にある古雑誌(Hi-ge、Roger、動画王、GaZO、G20etc)をアレコレ持っていって見ながら話をするつもりです。 第二部は「アニメ誌アレコレ」という感じで、三大誌を中心に藤津が日々の仕事の中で「ニュータイプ」と「アニメージュ」の編集の仕方の違いなど、感じたことなどを中心に、まったりと話そうかなぁと思っております。 アニメの門〜場外乱闘編〜VOL.5 オタク大賞などでお馴染みのアニメ評論家・藤津亮太と、ライターの小川びいが、縦横無尽、融通無碍、唯我独尊、針小棒大にアニメとその周辺

    「アニメの門VOL.5」は二部構成 : 藤津亮太の「只今徐行運転中」
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    prisoner022 2008/10/05
    宮崎アニメは「そこで見せたい絵をドンと見せる」レイアウトで、高畑アニメは「背景と登場人物の関係性を見せる」レイアウトなんではないか
  • 忘却界抄:無為徒食アニメ日記

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    prisoner022 2008/09/24
    「副委員長・高畑としてはたしかにそう言った。副委員長として正しいことを言った。しかし、個人・高畑は違う!」
  • 宮崎駿監督を悩ませた、『風の谷のナウシカ』の「3つのラストシーン」 - 活字中毒R。

    仕事道楽―スタジオジブリの現場』(鈴木敏夫著・岩波新書)より。 【『ナウシカ』というと、ぼくがいつもふれるエピソードが二つあります。 一つは製作終盤のときの話。当然のように、どんどんどんどん制作期間をっちゃって、映画がなかなか完成しない。さすがの宮さん(宮崎駿監督)もあせった。じつは宮さんというのは、締切りになんとかして間に合わせたいタイプの人なんです。それで、彼が高畑(勲)さんとかぼくとか、関係する主要な人をみんな集めて訴えた。「このままじゃ映画が間に合わない」と。 進行に責任を持つプロデューサーは高畑さんです。宮さんはプロデューサーの判断を聞きたいと言う。そこで高畑さんがやおら前に出て言った言葉を、ぼくはいまだによく覚えています。何と言ったと思います? 「間に合わないものはしようがない」 高畑さんという人は、こういうときよけいな形容詞を挟まない。しかも声がでかい。人間っておもしろい

  • 高畑勲ネット 三千里コラム

    『母をたずねて三千里』は、実は『赤毛のアン』『アルプスの少女ハイジ』よりも早くLD化された作品です。しかし、主人公が女の子では無かった所為でしょうか、セールス的には苦しく、1巻でたきりで発売が事実上の中止になります。後年LDは全話ボックスで発売されますが、高畑監督へのファンレターに『三千里』の感想を書く機会を逸してしまいました。ですのでここで、10年以上の歳月が経ってしまいましたが、私が高畑TV作品で最も好きなこの作品の感想を書きました。 こうして改めて、コラムを連載しながら観ましたが、やはりこの作品は当に素晴らしいです。是非とも多くの方に、特にあまり観てないと思われる、若い人達に観てもらいたいと思います。

  • 宮崎吾朗が語る「スタジオジブリ・レイアウト展」の魅力 : 100人のジブリ : ジブリをいっぱい : エンタメ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

    宮崎吾朗(みやざき ごろう) 1967年生まれ。信州大学卒業後、建築や造園の仕事を経て「三鷹の森ジブリ美術館」初代館長に。2006年に「ゲド戦記」でアニメーション監督デビュー 高畑勲、宮崎駿両監督が確立したアニメーション制作方法を紹介する「スタジオジブリ・レイアウト展」が26日、東京・江東区の都現代美術館で始まった。展示の監修を務めた宮崎吾朗さんに館内を案内してもらいながら、レイアウトについて解説してもらった。(依田謙一) ――レイアウトとはどういうものですか。 吾朗 カメラの動き方やスピード、キャラクターと背景画の位置関係など、一つのカットを作る上で必要な情報が描き込まれたアニメーションの「最終設計図」です。レイアウトを見れば、各担当が何をやればいいか分かるようになっています。すべてのカット分を作成するので、例えば「ハウルの動く城」や「千と千尋の神隠し」だと1400枚近くのレイアウトが

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    prisoner022 2008/07/30
    宮崎アニメでは意識的に無視して、人間の目のように「見たいもの」を強調している/高畑監督はどちらかというと遠近法に忠実ですね。これは観客を作品世界に引きずり込むことよしとしない意図があってのこと
  • SUKEBENINGENSUKEBENINGEN 基本的にアニメーターの個性はぜんぶ殺すべき。

    初期のジブリ作品を見直してみると金田伊功のパートが鼻につく。そこだけテイストが違うから一瞬で現実に引き戻され気持ちが醒める。(宮崎アニメに合っていたのは「親方とドーラのバカ息子達の喧嘩のシーン」ぐらい。後は悪目立ちだと思う) 「となりのトトロ」あたりになると(金田伊功の仕事と)気付きづらいよう上手に個性を殺している。でもやはりそこだけ「芝居の質」が違う。(お風呂あたりのシーン) 宮崎駿は優秀なアニメーターです。その事が優れたアニメ作品を作る原動力にもなっているけど、同時にアキレスの踵にもなっている。 例えば「千と千尋の神隠し」のオクサレサマ辺りの場面。 かなりセンスのある女性アニメーターがあのパートを手掛けたのだと思う。細かいニュアンスとかも伝わってくる、とても魅力的なアニメーション・シーンです。 でもだからこそダメです。宮崎駿は気が付いたけど、それがあまりに魅力的だから、きっと上書きして

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    prisoner022 2007/11/23
    高畑勲の場合は「火垂るの墓」で庵野秀明が一所懸命描いた戦艦を全部真っ黒に塗りつぶすことで完全に殺してしまった。
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    prisoner022 2007/08/06
    ガンダムという作品で、「オタク」と言われる生活力が乏しく視野の狭い若者を大勢生み出してしまった。アニメーションという仕事を続けると、そんな若者をどんどん増やしてしまうのではないかと感じた。
  • http://dargol.blog3.fc2.com/blog-entry-1524.html

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    prisoner022 2007/07/11
    いつか見てみよう
  • 第6話『マルコの月給日』

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    prisoner022 2007/05/30
    『ある程度経験を積み、能力もある人間は、皆かなりの収入を得ていますよ。』